「よお、エキセントリック少年」
「・・・どうも」
図書室の一件以来、緒川に付き纏われるようになった。周囲からは奇怪な目で見られるし、何より緒川が鬱陶しいし、最悪だ。
「冷たいねー、エキセントリック少年」
「繰り返さなくていい」
投げやりな相槌や、無視、見え透いた嘘は緒川に通用しない。 だから最近は本音を云うようになった。 本音と云っても当り障りの無い、真実とは程遠いが嘘は吐いていない程度の。
「飯島も段々俺色に染まってきた感じ?」
「染まってない」
「いや、そういう言葉が返ってくるだけでも俺としては満足だけど」
初めのころは徹底的にシカトだった。
緒川は俺以外のクラスメイトの前ではこんなに傲慢じゃないと思う。教室で話し掛けてくるときは、あのにこにこへらへらだし。そりゃあ学校征服という企図がばれたら、こいつにとってはお終いだ。俺には学校征服を企むなんて理解できない。理由も知りたくないし、興味も無い。だが緒川は「学校統一したら飯島を俺の右腕にしてやる」なんて云ってたりもする。勘弁してほしい。今だって放っておいて欲しいくらいだ。
大体右腕ってなに。緒川は俺を屈させる、つまり従者のような扱いがしたかったのではないだろうか。意味が分からない。いや、そんな目論みをしている時点で理解不能。天下をとるということに関しては、優越感に浸りたいだけだと思うのだが。
「・・・もう寝る。邪魔すんな」
「寝てばっかだな。俺のために作戦練っとけ」
だからお前は何を求めてんだ。やっぱり緒川って摩訶不思議・・・と思いながら眠りに落ちていった。睡眠はいい。思考が働かないから何も考えなくて済むし、外部を無為に意識しなくて済む最も手っ取り早い手段だからだ。人間はなぜ、いちいち目覚めてしまうのだろうか。俺はこの黒い闇が一番安心する。カラフルな色に染められた夢なんか見たくも無い。



昼休み、俺は昼食をとらないまま緒川に連れられて生徒会室に来ていた。生徒会室は人がいなくて気が楽だ。他の生徒会役員はと云うと、行事のあるときにしか集まらないらしいので滅多に来ない。ここ最近は不本意ながらも頻繁に足を運んでいる。
「空間の何かをぐにゃって変えれば、時間の進みが速くなったりとかすんの」
いきなりなんだという話で。否、きっと緒川は「世界征服への予備知識」とかふざけたことを云うだろう。
「俺、物理選択してないから知らない」
「飯島読書家だろ、今度読んできて」
「自分で読め」
「活字は苦手だから無理。それに人から聞いた方がわかりやすい」
緒川は部屋の奥にある、萌黄色のソファに寝転がってレポート用紙をめくっていた。本当は俺もソファで寝たかったのだが、緒川が仕事をすると云うので仕方が無く諦めた。当の緒川は赤ペンでチェックを入れたり電卓を叩いたりと、なにかと忙しいらしい。レポート用紙の照合と会話を一遍にこなすなんて結構万能なのかもしれない。
「あー終わった。計算ばっちり」
そう云うとソファの上で大きな伸びをした。緒川が伸びをできるぐらいなのだから、生徒会室の萌黄色のソファはかなりでかい。どこからそんな金が出てくるのか不思議なくらいだ。
「緒川って会計だったんだ」
いじっていたパソコンから目を離して緒川を見ると、複雑そうな表情をしていた。
「・・・違う、副。副会長」
「ふーん」
「なんだよそれ。そんなのも知らなかったのかよ」
「なんで会長じゃないの」
「あー・・・、飯島が俺に興味っつーか疑問を持ってくれたのを、喜んでいいのか微妙な心境なんですけど」
そういえばこいつに質問とかしたことなかったなと思い出す。っていうか自分から話し掛けたことすら無い。
「なんかさ、生徒会長が学校の頂に立つのは普通すぎてつまんなくない?実は黒幕でしたーとかそういう展開を求めてんのよ、俺は」
・・・なんとなく予想できる理由だった。
「それにしても自信無くすなー」
「なんの」
「飯島を骨抜きにするっていう。あ、質問二回目」
否、心配しなくても絶対なんないから。
それからいったん電子音が微かに流れ、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。俺はパソコンの電源を切って、掛けていた眼鏡を外した。授業中やパソコンをするときだけは眼鏡を掛けるようにしている。
「あ、これからもっと質問していいから。ていうか、しろ」
いきなりの命令形に不意を打たれて後ろを振り向くと、未だソファに寝転がっている緒川と目が合った。
「飯島って思ってることとか口にしてる?感情とか表に出したりしないの」
「・・・どうだっていいだろ」
冷たく言い放つ。もし感情を表に出しても、冷淡で他人に関心や興味を示さない、ただのつまらない価値の無い人間だってことが知られるだけだ。そもそも感情があっても、表すだけの力が無い。
・・・感情に走って良いことがあるのか。無いに決まってる。そんなの失敗するだけだ。
緒川はそんな俺に苦笑して云った。
「そんな悲観的になるなよ」
「なってない」
「なってるって。もっとかるーく、楽にいこうよ。俺は飯島となら結構いい漫才コンビになれると思ったんだけど」
「・・・お前はピン芸人だろ」
「飯島の口からピン芸人なんてことば・・・!」
「・・・」
非常にリアクションの困ることばをいただいた。でも確かに漫才コンビかも知れない。緒川がボケで俺がツッコミか。心の中では「〜かよ」っていうどっかの芸人並のツッコミを繰り返してるわけだし。

緒川の”軽く””楽に”という言葉が耳に残った。それができれば苦労しない。誰だってそうだ。


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