嘘吐ニヒリスト(一学年・井沢啓太)


最近、先輩がおかしい。おかしいと云うのは面白いという意味では無く、変とか妙とか奇異とか、不可解、挙動不審という意味で。精神年齢が十歳ぐらい低くなったと云っても過言ではない気がする。 つまり、園児レベル。前から確かに幼い感じがしたが、それは意図する行動だったと思う。だが今はおもいっきり素で。素ではしゃいで、もうはしゃぎにはしゃんで、はしゃぐを言い過ぎてそんな単語が本当にあるか疑いたくなるぐらい、はしゃいでいる。・・・もはや、意味不明だ。


図書室の司書、千葉さん(25歳)が図書委員全員に夕食をおごってくれるという話になった。三年生は受験勉強真っ只中だし、人付き合いが悪い奴もいるので、来たい奴だけが金曜日の十九時、学校の最寄駅に集合という結構いい加減なものだが。もちろん俺は出席する。
「先輩は今日の食事会、行きます?」
「親睦会じゃないの?」
「で、行くんですよね?」
「当たり前じゃん、愚問ー」
先輩はタダ食いが嬉しいみたいで、すっしくいねぇーとご機嫌に歌っている。古いし、寿司なんて豪勢なもの食べれるわけがないし、ツッコミどころ満載だけどここはとりあえず、
「一人、五百円までのオゴリらしいですよ」
と忠告してみる。千葉さんのためにもね。
「えっ、ごしゃくえん?」
「ごしゃくえんです」
「どこに食べに行くわけ、それ」
いっきに興味が失せたような、落胆した顔をする。このころころ変わる表情を素でやってるのかと思うと不思議というか、少し気味が悪い気がする。少し前までは人を愚弄した態度しかとれなかったというのに。いったい何があったのか、結構気になるところだ。
「駅前のサイゼじゃないですか」
「290円で食べれるっていう、サイゼリヤねえ・・・千葉ちゃんらしい・・・」
何気に失礼ですよ、それ。


そんなわけで図書委員はいったん家に帰り(半寮制の学校だから寮帰りの人もいるだろうが)私服に着替えて各自集合、のはずだった。俺は常に十分前行動を心掛けているので、只今十八時五十分。
(誰も来てねえ・・・)
千葉さんですら来てない。そもそも何人集まるか知らされていないが、まさか誰も来てないとは思ってなかった。まあ図書委員は気分屋の集まりのようなものだから仕方が無いかも知れない。自由参加だしな。そういえばあの三年五組の先輩は来るのだろうか。来ても顔知らないからなあ。
「あ、井沢君、はやいね」
「宮野さん」
宮野ツカサさんは二年生の先輩で、何かと有名な方だ。理由としては、近寄りがたい程の美貌の持ち主で、それにもし誰かが近寄ってきても冷たくあしらうかららしい。なので俺はあまり近寄らない。傷つきたくないし。あと驚いたことに、千葉さんと付き合ってるという噂を聞いたことがある。っていうかなんで千葉さん?御気楽主義の千葉さんに冷静沈着美人の宮野さん。奇妙な組み合わせだ。
「千葉さんは?」
「さあ?あの人、B型だから」
それは時間にルーズって意味?やっぱり宮野さんは不思議な人だ。それにしても千葉さんをあの人呼ばわりか。やっぱり付き合ってるという噂は本当かも知れない。
「宮野さん、私服も素敵ですね」
「ふーん」
まったくもって素っ気ない。ほんと不思議な人だ。当たり前だけどお世辞じゃ無かったのに。宮野さんのイメージはなんか艶麗で、色気というかそんな妖艶なオーラを漂わせている感じだ。女性的な顔をしているわけではないし身長も割と高いけど、男と付き合ってると云われてみれば、なるほど〜と頷けるような。これって失礼になるのか?
「・・・誰も来ませんね」
時計台の針は十九時を回っている。もしかして今日の参加者って千葉さんと宮野さんと俺だけ?いやいや、というかなんで千葉さん来ないわけ?和泉先輩も来るって・・・
「あっ宮野ちゃんと井沢発見!」
え、幻聴幻覚?と一瞬思ってしまうほどグッドタイミングで和泉先輩が来た。ふわふわの白いニット帽に赤いチェックのポンチョ、決め手にディズニーランドで売っているコインケースを首からぶらさげているというなんともへんてこな格好だ。私服の和泉先輩は初めて見るが、なんか予想通りというかなんというか。正直云って、超かわいい。
「集合場所、東口じゃなくて西口」
まじっすか。
「・・・そんなの聞いてませんでしたけど」
「これ、常識」
「もしかしてあの人ももう来てるわけ?」
「来てるよー」
和泉先輩が答えると、宮野さんは顔を歪ませて小さく溜息を吐いた。あの人で和泉先輩にも通じるなんて凄いなあとしみじみ感心してみる。


意外と人は集まっていた。総勢二十二人、千葉さんを入れると二十三人だ。二人欠席ということだから、三年五組の人も来てる可能性が高い。いや、来てても別段、何か云うわけじゃないけど。でも一回も仕事してないくせに、今回だけ食べに来るっていうのは卑怯だよな。
そして俺の読み通り、食事会の場所はサイゼだった。まあ、千葉さんは若いから給料も安いだろうし仕様が無いと思う。まず普通の委員会だったらこんなことしないだろうしね。感謝しなくてはならないだろう。
「ちっ、290円のサイゼか」
あいかわらず和泉先輩は失礼だった。
「井沢はやっぱ、エスカルゴ?」
「予算オーバーじゃないですか」
「ツッコミどころが違う気がする・・・」
図書委員御一行様がサイゼリヤの団体席を、迷惑ながらも全部占領している。ちなみに俺の左隣には和泉先輩がいて、千葉さんの隣にはやっぱり宮野さんが座っていた。千葉さんはいつも喪服みたいな格好をしているので私服がどんなのか気になっていたが、今も喪服みたいな、全身黒できめている。初めから期待してなかったけど、どうせ。
結局ほとんどの人が(半ば強制的に)290円のドリアとドンクバーを注文した。ウィトレスがあまりに多い注文数にてこずらせていると、また新しい図書委員だと思われる人が来た。
「遅いよー」
周りから野次が飛んだ。俺には知らない人だが、どうやらみんなは顔見知りらしい。
「全然来るつもりなかったんだけど、参加しなかったら一ヶ月当番だって云うから」
その人はそう愚痴をこぼして、空いてる席を探した。空席は既に和泉先輩の隣しか無いから、その席に座ることになるだろう。それにしても自由参加だと思っていたが、強制参加だったみたいだ。やることが汚いよ、千葉さん・・・。
「あ、先輩の分も持ってきますか?」
せっかく注文していたドリンクバーの存在に今更ながら気がついた。和泉先輩もすっかり忘れてたようだから、ついでに先輩の分も持って来てあげようというわけだ。俺ってば優しい。
「うん、よろぴく」
「何が良いですか?」
「メロンソーダ―」
やっぱり期待を裏切らない人だなあと思いつつ、ドリンクを取りに行った。



「なあ、あのガキと仲良いの?」
ドリンクバーコナーでいきなり話し掛けられ何かと思ったら、その声の主は遅刻して来た知らない人だった。
「・・・ガキって?」
「お前の隣にいた、頭の弱そうな」
和泉先輩のことか?っていうかガキって・・・いや、確かにガキかも知れないな、あの格好は。それに目の前にいる人は結構背が高いし。俺と和泉先輩は同じくらいの背丈だから、先輩と比べても十センチの差があるだろう。
「まあ、それなりに」
「ふうん」
と、何か含んだようなような言い草だった。なんでいきなり和泉先輩のことを訊かれるのか、分からない。先輩の知り合い?ガキって呼ぶくらいだから、三年生だろうか。
「あの、なんでですか?」
「いやー、あんな奴と仲良いなんて神経疑うよなあと思って」
もしかして喧嘩売られてる?と思ったがてきとうにあははと乾いた笑いを返すと、相手は驚いたように目を見開いた。どうやらここは怒るところだったらしい。
「君、天然?」
「やっぱり怒るところでした?」
「普通、初対面の人にあんなこと云われたらねえ・・・いきなり失礼なこと云って、ごめんな」
そう苦笑して謝られた。急に態度を変えてられても反応に困る。もしかしたら結構良い人なのかもと思い始めてきた。 苦笑した顔が、やけにかっこよかったし。単純だからね、俺の脳みそ。
「今更ですけど、誰ですか?」
「三年五組の大空。お前は?」
「あ、」
一度も当番日に来ないでサボってる三年五組の人は、この人だったのか。
「俺は一年五組の井沢です」
「五組?あー・・・、全然仕事しなくて悪かったな」
「いえ、気にしてません」
これは本当だ。むしろ、お礼を云いたいぐらいである。和泉先輩と二人でいられる時間をつくってくれたし。
「いやいや、あんなのと二人でいさせるなんてほんと、悪いことしたと思ってるよ」
・・・どうやら先輩は、この人にとことん嫌われているらしい。だが好き嫌いは人それぞれだから口を出すべきではないと思い、俺は何も云わなかった。正直云えば、大空先輩がなぜそんなにも和泉先輩を嫌うのか、少しばかり興味があったけど。


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