青春パラドックス 1



「俺、転校するんだって。つーか今、してる」

早朝3時、流れる景色になんの感慨も沸かなかった俺は幼馴染の健吾にモーニングコールをかけていた。

「こんな非常識な時間に電話してきて、しかもそのつまんない冗談ってなんなのかな」
「や、お前普通に起きてただろ、じゃなくて、えっと、まじな話で」
「もしかして俺がこの前彼女できたって言ったこと根に持ってんの?仕返し?」

まあそれも根に持ってますが。この前っていうのは4月1日の話だ。
結局は健吾のエイプリルフールの余興だったんだけど。にしても彼女ができたなんて嘘、言ってていちばん悲しい嘘じゃねーか。それに気付かないなんて、こいつそうとうばかだな。

「俺もびっくりなんだけど、急に転校決まって」
「え、まじなの?」
「まじなのまじなの。今向かってる。今日始業式なんだって」

その新しい学校とやらに着くのは8時ごろになるらしい。いきなり決まった転校だったから夜中(いや、早朝か)に大移動をしなければいけなくなった。夜逃げみたいだ。親父が眠たそうに運転している車の後座席にねっころがりながら俺はうーんと小さく背伸びをする。

「半信半疑だけど、一応そういうことにしといてやる」
「だからほんとなんだって」
「どこに転校すんの?」
「俺もよく分かんない。どこだったかなあ・・・車で家から5時間かかるとこ」
「アバウトすぎだから!」
「しかも全寮制だって」
「ぜんりょうせい?」
「しかもしかも、男子校」
「だんしこう!」

電話の向こうでげらげら笑う幼馴染に殺意が沸いたりして。いや、ほんと笑い事じゃないんですけどね?男子校なんて俺、自分からじゃ絶対選ばないし。

「親の都合?」
「いや、どっちかと言えば大人の事情?」

そう言うと、健吾がまた笑うのが聞こえた。実際、大人の事情だから俺の私情は1ミリだって含まれてない。
俺だって本当は転校なんてしたくなかった。せっかく勉強して入学した高校にだってまだ1年しか通ってないし、学校には健吾も、小さいころからの仲間だっていっぱいいた。なのに挨拶もなしに急に別れるのはほんとまったくもって不本意だ。

だけど、今更駄々こねてもしょうがない。

「あ、思い出した。そこ、海に面してる県だって」
「そんな県いっぱいあるし!」

生まれも育ちも山の中だった俺は海を見たことがない。でも海を見たことがなくても、俺は山が好きだ。
本気で愛郷心強かったんだけどなあ。

「かわいそうだよねー俺」
「自分で言っちゃうんだ」
「健吾だって俺いなくなるとさびしくなるだろー」
「そんときになんないとわかんねーな」

あ、それちょっと悲しいかも。

故郷を離れなくならなくなった俺の心は今ちょっとナイーブだから、小さなことにも傷ついちゃうのに。

「そういうときは嘘でも『お前がいないと生きていけない!』ぐらい言ってほしいわけよ」
「知らねーし、つーか、きもいし」
「さびしいって言え!」
「言いません!」
「お前となんて絶交だ!!」

叫びながらプツッと携帯を切った。
ん?なんで俺ら喧嘩してんだ?

今までの会話を反芻させてみるけど、思い当たるふしがない。

うーん?と唸ってると、運転席で親父が笑ってるのが目に入った。

「お前ら小学生か」
「や、高校生です」
「何普通に返してんだよ」

笑ってる親父は無視して、俺は寝ることにした。
5時間後には新しい学校に着いてるはずだ。

けど俺の今の心境は「新生活どきどき」とか「友だち100人できるかなー」とかいう新しい生活への期待じゃない。むしろ逆。色で言うならどどめ色?

絶交とは言ったけど、また明日あたりにでも健吾に電話をかけ直そう。
あいつばかだから、今日電話したことだってどうせ忘れてるだろーし。



* * *



話は半日前に遡る。

あと一週間で新学期が始まるという昨日。
俺はいつもじゃ考えられないくらい真面目な顔をした親父に呼び出された。しかも、家に唯一ある畳部屋に。ふすまを恐る恐る開けると、そこには正座した親父がでーんと座っていた。まあ、何事も形からって言うしな。

「なに?」

俺も親父をまねして正座になって正面に座った。

「大事な話がある」
「そんなこと、ここに呼ばれた時点で分かってるよ。つーか、なんでわざわざここ?」
「雰囲気的に」

親父はそう言うといきなり黙り込んで、やけに真剣な顔をしたまま俺を顔を見た。
こういう重苦しい空気になると笑いたくなるのはなんでだろうな。

「で、なに」
「言いづらいんだが、転校してもらうことになった」
「・・・いや、全然言いづらそうには聞こえなかったんだけど」

結構さらりと言いましたよね、この人。
・・・ん?転校?

「え?なんで?なんでいきなり転校の話になってるわけ?」
「うちの親戚に姫原というのがいて、」

そこから親父の話は云々と長くなったので割合しちゃうと、その姫原さんは金持ちで、いろいろと狙われやすいから(誰からだよ)俺に息子を守ってほしい、という話らしい。
てか生まれて16年(あれ、17だったっけな)、その姫原さんとやらに会ったことないんだけど。よほど遠い親戚なんだろうな。俺んち、別に金持ちじゃねーし、普通の一般家庭だし。

「要するにボディーガードというわけだ」
「なんで俺が選ばれたわけ?」
「それは、」

で、また話が長くなったから俺が割合しよう。その息子さんとやらはとても性格が悪いらしく、今まで雇った人を全員くびにしたらしい。
息子さんは全寮制の高校に通う3年生。つまり周りからばれないようにボディーガードをするにも、高校生か先生を雇うしかないらしい。そこで遠い遠いとおーい親戚の俺が選ばれたというわけだ。
いや、全然納得できてませんけどね?

「そういうことで早速明日からその高校に入ってもらう」

姫原さんの家は金持ちだというし、たぶん、これには拒否権がないんだろうなあと物分りのいい俺はとっさに悟って、駄々をこねることもなくその場で承諾した。うん、親孝行。親父の立場が悪くなるのは、息子である俺も避けたい。

正直、こんなとこにまで呼び出して大事な話があるっていうんだから、親父が不治の病にかかったとか、実は俺は女だったとか、どっかの国の王子様だったとかって告げられるのかも、なんて考えちゃったじゃねーか。それに比べれば、転校なんてどうってこともない。

そんなこんなで、俺、芝規里の転校が決定したわけだった。



* * *



車の中で寝たものも、やっぱりぐっすり爆睡というわけにはいかなかったみたいで、まだまだ眠い。ふあぁと欠伸をして、真新しい学ランを着込んだ俺は、同じ学ランを着た群れの中に紛れ込んでみた。木は森の中に隠せというやつだ。別に隠れる必要もないんだけど、ほら、そういう気分なんだよ。(ちなみに親父は、そのへんをぶらぶらしてると言って、車を発進させてどっかに行ってしまった)

今日から通うことになる学校を無感動に眺めたが、俺の感想を言えば、外観は至って普通。校舎もそこそこぼろい4階建ててで、俺が通ってた学校よりちょっと敷地が広くて校舎が2,3個多いかなーっていうていど。親父から金持ちのぼっちゃんが多いと聞いてただけに、ちょっと拍子抜けした。

なんてちょっと失礼なことを思いながらてくてく歩いて、人の流れのままにクラス替えの紙が貼ってあるホワイトボードまで近づいてみる。

どうでもいいけど、芝っていう苗字、サ行だから探すのめんどくさい。こういうとき相川さんとか渡辺さんがうらやましいと思う。まあ最初と最後っていうのも考えようなんだろうけど。

2年7組のところに自分の名前を確認した俺はひとり教室に向かった。



まあ、もちろん知った顔なんているはずもないので、俺は周りががやがやしてるなか一人ぽつんとすみっこに立っていた。だってどこ座っていいかわかんないし。
チャイムが鳴ってようやく先生がお出まししたけど、「転校生を紹介するぞー」なんて言うこともなく、出席をとってハイ、体育館に向かえ、っていう流れに。

・・・あれー?
自己紹介の内容とか考えてた俺、からぶり?
「特技は食玩の中身を当てること」とか言おうとしてたのに、からぶっちゃった?
もしかして?

なかなかドライな学校に肩透かしをくらった気分になりながら、俺も学ランの群れに紛れ込んで体育館に向かった。

そのあと始業式を終えて、また教室に戻って、で、解散。

・・・俺、学校に来てから一言も喋ってねー。

早くも新生活に不安感じてきた。
日本語、忘れちゃうかも。

別に人見知りはしてないんだけど、こう、今までいた学校との違和感に「?」と感じてしまう。まず学ランの留め金をほとんどの人が閉めてる時点で近づきにくいと申しますか。

まあまだ1日目だし!

あしたからがんばろー(おー)とひとり悲しく拳を突き上げ、俺は親父に言われたように理事長室に向かった。

つーか、ただの転校生じゃないんだしね。一応、「姫原さんのボディーガード」という目的があるんだしね。
親父にも言われたけど、周りにボディーガードのことはばれちゃいけない。(ばれたら「え?この学校狙われてるの?」みたいな騒ぎになるだろうし)慎重に行動しなきゃな。うん、それを含めて今日、なにも喋らなかったのは逆に良かったかもしれない。何事も用心深くが今日の俺の座右の銘だ。



* * *



「初めまして、芝君」

理事長室に足を踏み入れると、そこにはにこりと笑って、足を組んでる偉そうな人がいた。

「私は理事長の姫原雅臣という」
「ひめはら?」

っつーことはこの人は俺の遠い親戚で、息子のボディーガードを依頼してきた人か。 かっこいい言葉で言うとクライアント。確かにクライアントって顔してるわ。
どうやら姫原さんはこの学校の理事長だったらしい。俺が編入試験も受けずにこの学校に入れたのは、そういうわけがあったからかと納得。
つーか親父、そんな裏設定聞いてないぞコラ。

よほど俺が間抜けな顔をしていたからか、姫原理事長さんは「お父さんに聞いてなかったかな?」と聞いてきた。
ええ、まったく聞いてなかったですとも。そういう大事なことは、ちゃんと言おうよお父さん。

「2年だけで40人近くを解雇にしてきたような愚息だが、よろしく頼む」
「・・・40人、ですか」

つまり、1ヶ月に1人はくびにしてきたと。

「えっと、俺もくびになったらどうなるんです?」

そんな奴の相手、ぜったい無理だし、俺もさっさとくびになる口だろう。
親父にも同じ質問をしたけど、奴は「知らん」の一言ですませやがった。そういう大事なことは先方にも聞いとけって話だ。

「申し訳ないが、元にいた学校に戻ってもらうことになる」
「まじっすか!」

おもわず体育会系になっちゃったよ。でも、え、それって逆に好都合じゃね?でもなあ、親父に迷惑かけたくないし。わざと嫌われるのもあれだよな。

それからも姫原理事長はいろいろ話をしてくれた。

俺が護衛するのは姫原渉という3年の先輩。姫原理事長から預かった写真を見る限りじゃ「こいつ、俺より年上?」と疑いたくなるほど幼い顔をしていた。でも40人ちかくのボディーガードをやめさせたっていう実績を考えると、こんなかわいい顔でもだんだんとおそろしい顔に見えてくるから不思議だ。
見かけによらず陰険なのか?狡猾だったりしちゃうのか?まだぐわーって暴れるやつの方が対処の仕様もあるぞ。

あと聞いた話だと、この2年の間に命を狙われたことは1度もなかったらしい。なら俺不必要なんじゃないかなーとも思うが、まあ今後何が起こるかわかんないしね。実際、小さいころは誘拐が絶えなかったっていうし。金持ちは大変だなー。

しかし、俺もでっかい男相手に戦う自信は正直言ってない。小さいころから親父の道場に通ってたし喧嘩もいろいろしてきたとはいえ、チャカなんか持たれちゃ俺一発で死んじゃうよ。ほんと、なんで俺がボディーガードに抜擢されたのか不思議でしょうがない。一般人よりは体力あるって自負はあるけど、そこらのヤクザが出てきたら俺なんかただの石っころだよ。あ、でも石は銃で打たれても平気だよな。ああ、俺、石になりたいかも。

そんな心配をしてる俺をよそに、姫原渉さんは生徒会に入っていたりしてなにやら目立つらしい。命狙われてるかもだって言ってるんだから、そういう目立つ行動はやめてほしいんだけどな、ほんと。俺みたいに用心深く生きてくれ。

「息子が迷惑をかけるかもしれないが、芝君が楽しい学校生活を送れるようにと願ってるよ」
「はあ」

とやる気のない返事をして、俺は分厚い資料を片手に理事長室を出た。


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