青春パラドックス 2 寮は道路をはさんだ向こう側に建っていて、さすが全寮制というだけあってでかい。この学校は少人数制だとさっき姫原理事長が言ってたけどそれでも全校生徒は500人ちかくいるんだから、2人1部屋で、単純計算して250部屋か。そりゃあでかくなるのもしょうがないよな。 先立って貰っておいた鍵をくるくる回して、俺はこれから住むことになる405部屋まで歩いて行った。しかしエレベーターまであるんだ。縦にでかい建物だから必然といえば必然か。 階段を昇って405部屋にたどり着いた俺はドアの前で、ひとつ深呼吸をした。 外から見たらまったくもって不審者だが、それは気にしない方向でひとつ。 もしかしたらルームメイトとは長い付き合いになるかもしれないし(ぶっちゃけ俺の予想だと短期間でさよーならだけどな)、やっぱり最初の印象は大切っつーことで、俺はちょっと緊張しながら405の部屋のドアをあけた。 (こんなの、俺のキャラじゃねえっつの) とは思うもの、おそるおそる、顔だけ部屋の中に入れてみる。 が、中には誰もいなかった。 「・・・ちょっと安心したかも」 いや、緊張損か? さみしい独り言を呟きながら俺は部屋の中を見回してみた。うーん。普通の部屋だ。大きさも普通。8畳ぐらい?あとは簡易なキッチンがついてる。 部屋のすみっこにぽつんと2個ほど積んであるダンボールはきっと俺のだろう。親父が置いていったやつ。(さっき親父から電話がかかってきたが、あの野郎、もう帰ったらしい。せめてひとこと挨拶してから帰れ) なんか気疲れしたし(たぶん喋ってないからだ)、ちょうど時間は3時ごろだし、んーと考えて、俺は昼寝をすることにした。車の中じゃろくに寝れなかったしな。 荷物はあとで解けばいいか。 善は急げってことで、部屋のほとんどのスペースをとっている2段ベッドに近づいて、下の段には時計や本があるのに対して上の段はふとんがきれいにひいてあるから、上の段を使えってことだよなーと判断した俺は、早速ふとんにダイブして昼寝を始めた。 * * * 俺は眠りから覚めると、すぐに目を開けることにしている。結構行動が俊敏な方なんだ。たぶん。当社比で。 でもそれが今日はいけなかったらしい。目をパチッと開けたとたん、いきなり見知らぬ顔が俺の視界に飛び込んできたからな。 「ぉわっ!」 そのときの驚きは、俺の貧困なボキャブラリーじゃ表現できない。 俺と目の合った奴も、驚いた顔をしたあと、なんだか気まずそうな顔をしている。そりゃそうだ。ぐっすり寝てた奴がいきなり目え開けんだもんな。びっくりするし、寝顔見てたなんて知られちゃ気まずいよな。 ・・・え?こいつ、俺の寝顔見てたの? 「俺の寝顔見てて楽しかった?」 「ちげーし!誰かいると思って覗いたら、ちょうどお前が起きたんだよ」 「え?つまんなかったの?」 「話聞けよ」 そうか、つまんなかったか。いや、同じ野郎の寝顔なんて見て「楽しい!」と思う奴は変態ですけどね。 でもこいつが部屋に入ってきたことにはまったく気付かなかった。それだけ俺も疲れてたってことか。ボディーガードとして失格だ。 「・・・誰?」 俺は気を取り直して、無難にそう尋ねた。 「・・・河合知幸」 「俺は芝規里。転校生です。よろしくー」 「芝刈り?」 「お前殺す」 つっても、芝刈りなんてしょっちゅう言われてもう慣れてますけどね。今までに何回言われたかわかんねーよ。 案の定、河合ってやつも笑ってる。うん、まあコミュニケーションをとるには結構いい名前かもしれない。そこだけは親に感謝しよう。 「河合が俺のルームメイト?」 「そうっぽいな」 「へえー」 と頷きながら、俺ははしごを使わずにベッドから降りた。下に響いたかもしれないけど、気にしない気にしない。 首をポキポキッと鳴らして、部屋のすみに置かれたダンボールと向かい合った。そろそろ封開けるかな。今はまだ5時頃だろうし、まだそんな腹もへってないから夕飯の前に片付けておこ。 「そういや夕飯って各自でとるんだよな?」 「ああ。食堂もあるし、部屋でとってもいいし」 「河合はどーすんの?」 「俺は食堂」 「じゃあついてく」 一緒に行っていい?なんて聞かないのが俺クオリティ。 * * * ベリッとガムテープをはがしてダンボールの中を点検している最中、ずっと背中がむずむずしてしょうがなくて、その原因となってる河合の視線がどーしても気になって、おもわず勢いよく後ろを振り向いてしまった。 「なに?」 「いや、芝って普通だと思って」 ・・・普通じゃなかったら、なんなんだよ?もしかして転校初日で、俺に悪いうわさとかあったわけ?え、これっていじめ? それともこいつは普通じゃないルームメイトがよかったのか? 「普通ってどういうこと?」 「この部屋にくる奴、全員変なのばっかだったから」 「・・・もしかして、お前の同室者って何十人も変わってきた?」 聞くと、河合は何かを思い出したようで顔をしかめた。 「まあな。どいつもすぐ転校していくし、おかげで俺と同室になると呪われるとか言われてんだよ。俺、なんもしてねーのに」 ああ、それはごしゅうしょうさま・・・。 きっと姫原渉のボディーガードに雇われた約40人のみなさんも、この部屋だったんだろうな。現に俺もそうだし。 「お前もすぐ転校してくの?」 「予定は未定」 そう言うと河合は俺にも聞こえるほどの盛大なため息をついた。 「なんなの?お前ら」 お前らっていうのは、今まで転校して行った約40人のやつらと、俺のことを示すんだろう。なんなのって言われても困るんだけどな。本当のこと、言えるわけないし。 俺が黙っていると、河合はまたため息をついた。 「まあ、なんでもいーけど。もう慣れたし」 「俺の前に来た奴らにも同じ質問した?」 「いや、最初の5人ぐらいまでは話しかけてきたけど、もうそっからは存在自体無視してたからな」 河合の話だと、ころころ変わる同室者と親しくなるのもめんどくさいので会話すらしなかったという。俺の前に来たボディーガードの奴らも特に河合に近づこうとしなかったらしい。 そりゃあ、仲良くしてもさっさと転校されたりしちゃやだろうけど。 でもつまんねーだろうな。そんな寮生活。 「しかも段々来る奴が変になってくんだぜ?マッチョとかスキンヘッドとか。お前ら高校生じゃねえだろうっつーの」 ・・・姫原理事長。一般人にかなり怪しまれてますが、いいんですか、これ? 確かに俺はマッチョじゃないし、髪だってふさふさだし、どこにでもいる高校生スタイルだけど。 「だから久々に普通なのが来て、逆にびびって話しかけちまったじゃねーか」 「それはこっちとしてはありがたいけど」 「なんで?」 「俺は普通に学校生活送りたいし、ルームメイトとは仲良くしたいじゃん?」 ・・・ん? あれ、俺、いま恥ずかしいこといいましたよね?青いこと言いましたよね?はずっ! 後悔している俺をよそに、河合は一瞬ぽかんとした後、笑った。 「お前、今までに来た奴らとは関係ねーの?」 「どんな奴らが来てたかわかんないけど、俺はいたって普通のコーコーセー」 と、ちょっとボケてみたりして。実際、一部除けばどこにでもいる高校生だしね。 俺がこの学校にどんだけ居られるのかも姫原渉さんの気分次第だけど、俺も楽しい学校生活が送りたいし、腹をくくった以上はこの学校にできるだけ長く居続けられたらなーと思う。河合も結構喋りやすいやつっぽいし、こっちでも結構快適に暮らせるかもしれない。そうなったらここを離れるのもやになるだろう。 よし、今のうちに姫原渉に媚売っとこう! ポディティブシンキング! * * * 荷物を解くのもそこそこにして、俺たちは食堂に向かった。ご飯はプリペイドカードで買うことになってるらしい。無駄にハイテク。もちろんこのカードも姫原理事長からいただいたものなんですが、貧乏性の俺は240円のかけそばを頼みました。 「七味七味ー」 と言いながら、どばどばっと七味をぶっかける俺。隣にいる河合の眉がぴくっと動いたを見たが、見なかったふり。いかにも「きもちわりー」みたいな視線よこされても困るんだけどねえ。 「だってネギしかかかってねーんだもん。他に何かトッピングするとしたら七味だろ?」 「だったら月見そばにすればいいだけの話、」 「卵だけで50円も値上がりするなんて断固拒否!」 月見そばにするだけで290円になるなんて詐欺だろ。卵なんてスーパーで1個20円で売ってますー。 定食を食べている河合があいかわらず怪訝な視線をよこしてくるが、あえて無視。ずずっといい音をたてて、かけそば完食。 「っつーか、それだけで足りるの?」 「微妙なとこ」 いや、健全な男子高校生だしもちろん足りるはずがありませんよ。でもこれも修行の一環だ。 初食堂をこんな感じで終えた俺と河合は、揃って405の部屋に戻って行った。 で、その後は大浴場に行って、まさかの温泉並みの風呂にびびりつつ(姫原理事長は温泉通なのか?)風呂上りに牛乳を飲んでみたりして、今は部屋で河合とのんびり中。 「河合って何組?」 「お前といっしょ」 「え?!なんで俺が7組だって知ってんの?」 俺、気配消して教室のすみっこにいたんだけどな。意外にこいつってめざとい? 「あんなふうに教室のすみに立ってるほうが、逆に目立つ」 「・・・そーいうもんなのか」 「それに、見るからに転校生っぽかったし。周りも「あいつはいつまで学校にいられるか」で盛り上がってた」 「まじで!」 気付かなかった! 確かに教室内は浮き足立ってる感じがあったし、俺に不躾な視線をよこしてくるやつもいたけど、それはクラス替えのせいだと思ってた。いや、それもあるんだろうけど、俺への不躾の視線はそういうことか。 確かに見ものだよな。いつも1ヶ月かそこらで転校する奴がいるっていうのは。うーん、謎すぎる。 「でも河合っていいやつだよなー」 「は?いきなり何?」 「だってさ、俺だっていついなくなるか分かんない不審者なのに、こうやって普通に話してくれるし」 「・・・なんかお前、今までの奴と違うから」 「そう?」 「今までの奴はなんかピリピリしてたけど、お前はどっちかと言えばへろへろーって感じだろ」 や、へろへろって。俺ってぺらいって言われてんの? 「でもいきなりいなくなるのはこっちだって困るし、転校するときはちゃんと言えよ?」 「はーい!」 と俺は右手をピシッとあげて、先生に評判の良かった返事をした。小学生のころの話だけど。 まあ、ボディーガードがくびになったときに「転校する」と一言告げるぐらいいいだろう。別に一生の別れじゃないんだし。 |