青春パラドックス 24 「席替え?」 そして球技会の話し合いが終わった後。 なにやら慌ただしく学級委員長が教壇に立って、くじの入った箱を手に説明している。 そういや今の席って出席番号順だったっけ。 にしても、席替えするなんてなんか意外だ。うーん、ずっと河合の隣の席でいられると思ってたのに…。 「俺、また河合の隣がいいな…」 「…は?」 な、なにいってんだよとなぜかどもりながら言う河合に、どこで噛む場所があったんだよと思いながら机に顔をふせる。 「あー教科書とかどうしよう…」 「その心配か」 他になんの心配があるんだ?と首を傾げつつ。 いつも教科書見せてもらったり、指されたら答え教えてもらったりしてた俺からしたら席替えなんて一大事なんです。大事件です。 「また誰かに見せてもらえば…っつーか自分の見ろよ」 「…ちっ」 「舌打ち?!」 「そんな、河合以外の奴に迷惑かけるなんて忍びないだろ」 それぐらい分かれよと言うと、河合は「理不尽すぎる…」とうなだれていた。 …こうなったら! 「河合の隣の席になった奴を脅すしか、」 「それはやめろ!」 「…ちっ」 なんだよ、お前は俺と離れて寂しくないのかよ。 むかついた俺は河合の机に蹴りをいれてやった。そしてずれた机を河合が黙ってもとの位置に戻すのを見てまたむかついた俺は、もう一度蹴ってやる。そんなこんなで、ぎゃーぎゃー騒いでるうちにくじを引く順番がまわってきた。 「河合、左下の上の方をひけよ!」 「分かった分かった」 「ちょ、委員長かきまぜんなって!」 俺の作戦が! で。 「ばっちりアリーナ…」 俺は急に何メートルも近くなって、どーんと大きくなった黒板を呆けて見上げた。 …まさかの、教壇の目の前の席になってしまいました。 普通この席って学級委員長とか目の悪い奴の特等席なんじゃないの?俺、視力2.0はあるぞ。今は眼帯が邪魔して視力下がってるかもしれないけど、それ以前に基本黒板見ないから後ろの席にした方がみんなのためにもなると思うんだ。うん。 「これ呪いだろ…」 せめてもの救いだったのは、また河合がお隣さんになったことか。旅は道連れっていうしな。 「お、芝がいちばん前か」 「先生、嬉しそうですね」 「問題児だからな」 や、俺この学校来てから何も問題とか起こしてないはずなんだけどなー。 「よし、これ終わったら芝、職員室に来い」 「え?なんで?」 「はい、今日はこれで解散!」 まさかの先生からのお呼び出しがかかってしまいました。 「俺、なんかしたっけ」 「じゃあな」 「えっ河合君帰っちゃうの?」 「図書室行くけど」 「職員室に行くって?」 「…じゃあな」 「ひとりじゃこーわーいー!」 非情な河合はかわいそうな俺を置いて、本気で図書室に行きやがった。ほんと友達がいのないやつだ。 そんなわけで俺はとぼとぼひとりで職員室に向かうことになった。 本気で呼び出しをくらう覚えがないんだけどな…。 * * * コンコンとノックを二回。 「失礼しまーす」 保健室同様、なかなかお邪魔する機会のなかった職員室のドアに体を滑り込ませて入室する。気配を殺して(なんとなく、職員室怖いしね)キョロキョロ辺りを見回してると、俺を呼び出した張本人、担任の上田と目が合った。回りの先生たちと見比べると一段と若く見えるなーと思いながら上田の机に向かう。 「なんすか?」 先生と話すときってなんでか自然と体育会系の喋り方になるよな。「っす!」って。うーん不思議。 「この前の中間、どうだった」 「ちゅーかん?」 すすめられた席に座って、向かい合いながら言われた言葉を反芻する。 そういえば最近、授業中に中間テストの返却とか答え合わせやってたなあ。転入してきて早々受けた実力テストのときと同様、河合にいろいろ叩き込まれたり、頼んでもないのに恭平さんがなにやら勝手に教えてくれたっけ。いやー、後者はほんといい迷惑だった。 その中間、ねえ。 椅子をくるっと360度回転させながら考える。 そうだなあ。 「数学と物理を同じ日にやるのはどうかと、」 「そんなことは聞いてねえよ!」 「あだっ」 丸められた英語のテキストで殴られてしまいました。 いや、俺からしたら本当に辛いテスト初日だった。頭使う教科は同じ日にやるもんじゃないですよ、うん。それに他のテストの日が暇になってしょうがなかった。 「芝は現文、古典、化学、地理、英語、オーラルで赤点だ」 「どうせなら数学と物理以外と言ってほしかったすね」 なんかそっちの方がオブラートというか。 「危機感を持ってくれ」 「はあ」 「留年するぞ」 「はあ……ああぁ?!」 留年?! あれ、こういうときって理事長さんが話つけといてくれてるんじゃないの? そもそも裏口入学みたいなもんなんだし、俺は会長からクビ宣告されないかぎり平穏な学校生活が送れると思っていた。 どうやら、人生はそんな甘くなかったらしい。理事長さんは俺が留年してもいいのか?会長が無事卒業できれば、俺はどうなってもいいのか?あの親ばかめ。 「まじっすか」 「だから危機感を持てって言ってるんだろうが。まず、補習を受ければ何とかなるから」 「ほしゅう…」 放課後がつぶれるってことか? それはあんまり好ましくない事態だ。 「ちょっと本業の方が忙しいので補習は、」 「お前の本業は学業だろうが!」 ポカッ 本日二度目のメガホンテキストが頭にとんできた。 「うー…」 俺的には会長のボディーガードが本業で、学業が副業というスタンスで今までいたんだけどなー。実力テストのときにあった補習に参加しなかったのも、めんどくさかったわけじゃないですよ、決して。 「なんでこんな漫才みたいなやりとりしなきゃならないんだよ」 「先生が勝手につっこみ入れてるだけじゃないですか」 「……」 はあ、とため息をついた上田は机に無造作に置かれていた紙切れを俺によこした。月曜から土曜まで書かれたカレンダーみたいな紙切れだ。 まさか、これは。 「補習のスケジュールだ」 やっぱり! 「え、これって強制?」 「強制」 自然な流れで紙切れを縦にビリッと破こうとした俺の動作は、上田の「おい!」という声で留まざるをえなくなった。 あーあと思いながら無事だった手元の紙切れをまじまじ見てみる。 月曜の朝に英語、火曜の放課後に化学、水曜の放課後に地理、木曜の朝に英語、金曜の朝に古典、放課後に現文、土曜にスペシャルメニューといった具合だ。 多忙すぎるだろ、これ。 っつーか。 「スペシャルメニューって…」 もっとかっこいい名前なかったのかよ。 「あ、それは自由参加だからな」 「じゃあ必然と不参加で、というかスペシャルメニューってなんですか」 「授業以上の高度な補講を行うんだが、まあ芝には関係ないか」 「それは暗に俺がバカと言いたいんすか」 「……補習すら受ける気が無いお前が、参加するはずが無いっていう意味だ」 「今の考える間はなんですかねー」 「とにかく!来週から補習絶対受けろよ」 球技会も来週なんだけどなあと思いつつ、ここは頷いておくのが妥当だと判断した俺は首を縦に振り、承諾しましたというポーズをとった。 留年したくないしね。 でも補習かあ…。 本業の方どうするかなー。 「そうだ、職員室来たついでに頼まれてくれないか」 「えーパシリですか」 「いいものあげるから」 「おかしっ?!」 「…高校生にもなっていいものイコールお菓子もどうかと思うが」 それを焼却炉まで持って行ってほしい、と指差したのはダンボール二箱分ぐらいのテキストの山だった。 よし、これぐらいだったら図書室の河合を呼び出せばすぐ終わるだろう。 「肉体労働はおてのものなんで任せてください!」 すっと右手を差し出した。 「…これが報酬な」 ぽんと渡されたものはおかしじゃなくて、200ml紙パックのりんごジュースだった。 「なんだその不満げな顔は」 どうやら無意識に変な顔をしていたらしい。だって、飲み物じゃ腹は膨れないんです。 俺は顔をペチペチ叩いていつもの顔に戻して、 「…河合の分も」 左手も差し出した。 普通こういうことは無償でやるもんなんだろうけど、もらえるものはもらっておかないと。机の上に何本も紙パックが転がってんだもん。 「お前、図々しいな…」 と言いつつも、紙パックをもうひとつくれた。 そして補習に絶対出ろよと念押しされた後、たくさんの廃棄されるテキストとともに職員室を出ようとしたところで「芝、」と呼び止められた。 「なんですかー」 「そういえばお前、4月に編入してきてばっかだったな。学校生活は慣れたか?」 …なんだろう、なんかすげーこっぱずかしいなこれ! 「ぼ、ぼちぼちっすね」 「まあ、色々と特殊な学校だから何かあったら言えよ」 何かってなんですか。もうすでに色々ありすぎて、今更な気がします…。 とはもちろん口に出さず頷いて、「失礼しましたー」と今度こそ職員室を出た。 * * * 上田から借りたハサミを左手でちょきちょき動かしながら、図書室の河合に「いいものあげるから職員室に来てくれるかなー?」という旨のテルテルテレフォンをかけてみる。「は?何企んでるんだよ」「バカ!そういうときはいいともーって、あ、ごめん携帯の電池切れそ」ブツッというやりとりをした数分後、訝しげそうな面持ちをした河合が職員室前にやって来た。 「ライブラリアン!」 「で、なんだよ」 「荷物運び手伝ってください」 「……」 ね、とかわいくねだってみると、「思ってたより普通の頼みだな…」と言って、ロープでまとめておいたテキストの山を両手に持ってくれた。 まさか俺のおねだりが効いたのか?河合もついに俺の魅力に気付いたのか…と感心しながらあとに続く。 っつーかお前は俺がどんな頼みをすると思ったんだ。 「どこに運べばいい?」 「焼いて冷却するロマンと書く焼却炉です」 「焼却炉な、わかった」 河合のスルースキルもなかなかのものになってきたなー。 ちょっと淋しいぞ。 もやしっこの河合がいつ音を上げるかとひやひやしつつ、三往復をしたところで無事テキストの山を運び終えた。 「ありがとーライブラリアン河合」 「いや、じゃあ俺戻るから」 「そうせかせかすんなって!」 ほとんど何も入っていない軽いリュックを背負って、河合の横に並んだ。 「お前も図書室くんの?」 「うぬぼれんな。生徒会室に行くんですー」 図書室なんかに行ったら持病が発症するっつーの。 そういえば、と一仕事終えたごぼうびに上田からもらった紙パックを取り出してストローをさす。 「一応言っとくけど、廊下は飲食禁止な」 「河合君の分も、えいっ」 「おい!」 ついでに河合の分にもストローをぶっさしてあげて「はい、どーぞ」と手渡す。 「飲まないの?」 ずずーと音をたてながらりんごジュースを飲む俺の横で、河合はやけに神妙な面でりんごジュースを睨んでいた。りんご苦手だったのか?あ、これがいわゆるりんご病だな。 「せっかくあけてやったのに」 「…廊下は飲食禁止」 うーん…、河合君えらすぎる。 前の学校なんかじゃ廊下ですいか割りやったこともあったぞ。健吾が「俺の昼飯!」って言ってすいかをまるごと持ってきて爆笑したっけなあ…。 だいたい紙パックで中身をこぼすほうが難しくないかー?とストローをくわえた口に力を入れたところで。 「あ、」 ごめんなさい、前言撤回させてください。 口の筋肉が思いのほか発達していなかったらしい俺は、廊下に紙パックを落としてしまいました。 うん、やっぱり手を添えてないと紙パックは飲めないか…。 「はっ、3秒ルール!」 「もうこぼしてるから!」 廊下には飲みかけだったりんごジュースが浸っていた。 「ああ、もっちゃいない…」 「この期に及んでそれか」 だから言ったのに!と怒る河合を見て、お前は廊下に強い思い入れがあったのか、廊下の主か何かだったのかと思いつつ。 「河合、ティッシュ持ってない?」 「持って…ないな」 「じゃあその今着てるシャツでいいよ」 「俺のシャツを雑巾代わりにする気か!」 あーもう、と頭をかいて「トイレットペーパー持ってくる!」とどこかに行ってしまった河合を呆然と見送った。 ほんと、面倒見のいいやつだ…。 さて、と。 一方残されたロンリーな俺は飲み逃げと思われてもあれだし、紙パックに残っているりんごジュースを再び飲んで河合を待つことにした。 そういや廊下走るのも校則違反じゃなかったっけ? それでいいのか廊下の主、河合。 「あの」 「ん?」 つーか廊下の主ってなんだよと思いを馳せていたところで、誰かに呼び掛けられて我に返った。 「拭くものが無いんでしたら、これ使ってください」 「……」 相手の顔を見て、思わず息を飲んでしまった。 「…あの?」 「イケ、メン…!!」 そして随分な間を取ってやっと、やっと出て来た言葉はそんなだった。 俺の貧困なボキャブラリーじゃ、奴の容姿を的確に形容することは一生掛けてもできないだろう。それぐらいのイケメンだった。言うならば正統派イケメン。 「は?」 「あ、いや、助かります!」 差し出されていたティッシュをありがたくお借りして、慌てて廊下を拭く作業に入った。 イケてるメンズは見馴れたと思ってたが、俺もまだまだだったな…。 「足りますかね?」 「今トイレットペーパー持ってきてもらってるし、大丈夫だと思う」 そして申し訳ないことにポケットティッシュをすべて使い切ってしまったことを謝ったら、「いえ」ときらきらした笑顔でお返事してくださった。 うーん、ティッシュを持ち歩いてるうえに優しくて爽やかなイケメンとかすごすぎるだろ。完璧じゃねーか。 ま、俺の中で最強なのは芦田さんだけどな! 「ありがとう、助かった」 「いえ、お役に立てたのなら光栄です」 立ち去ろうとする姿にちょっと待ってと呼び止める。 「これ、よかったら!」 河合が置いていったりんごジュースを差し出す。 「あ、口はつけてないから大丈夫」 「じゃ、ありがたくもらっていきますね」 いただきます、と輝く笑顔で言って立ち去る背中を見ながら、後ろ姿までイケメンだとためいきをついた。 「あれ、片付いてる」 そしてだいぶ遅れてトイレットペーパーをなぜか二個持ってきた河合が到着した。 「妖精さんの仕業かしらね」 「気持ち悪いこと言ってないでさっさと拭け」 その後は二人で片付けて、廊下は元通りになった。イケメンとの未知の遭遇のことは、河合には黙っておこう。 * * * 先ほどのイケメンの情報は、頭をフル回転させるまでもなくぱっと引き出すことができた。 野崎啓人。1年4組。 理事長さんからもらった調査表の中でも、中学時代に生徒会長だったとか輝かしい記録があったうえに写真がやたらイケメンだったから覚えやすかったんだよな。 いやー、しかし生はもっと凄かった。 このとき、野崎と深い付き合いになるなんてまったく知る由もなかったわけだが。 |