青春パラドックス 23 どうやら転校してきてからもう2ヶ月が経っていて、衣替えの季節になっていた、らしい。らしいっていうのは、俺だけが学ランを着てて、あれ?ってなったからだ。うーん、去年までは健吾がいたからひとりだけってことはなかったんだけどなあ・・・。ああ、センチメンタル。 まあそんな話はこっちに置いといて。 ここ最近は割と、というかだいぶ穏やかな日々を送っている。あいかわらず会長は仏頂面だし恭平さんは変態だしタロー先輩はかわいいし芦田さんは癒し系だし、あとは…一応付け加えておくと、河合もいつもどおりだった。つーかあの河合が急に変わったらびびるな。いきなり金髪なんかにしてきたら、反抗期か!って言うより先に腹がよじれるほど笑うだろうな。あ、でも河合の金髪は見てみたいかも。 とにかく、平穏な毎日だったわけだ。 で、俺はというと。 「芝、今日提出の芳香族化合物の宿題やってきた?」 「え、何その親孝行する家族!みたいな名前。作文?」 「…おい河合、芝にちゃんと言っとけってあれほど、」 「言われた覚えねえしなんで俺なんだよ!」 とまあ、クラスメイトの名前がぱっと出てくるぐらいには、2年7組に馴染み始めてきていた。一部クラスメイトの俺への認識も変わったみたいで、謎の転校生から普通のクラスメイトに昇格したらしく、前みたいに遠目で見られることも減ってきている。おかげでストレスを感じることもだいぶ無くなって、やっと快適スクールライフが送れそうな気がしてきている今日このごろだった。ちゃんちゃん。 一方河合の方も呪われたクラスメイトから俺の保護者にランクアップしたらしい。保護者ってなんだよ。保護者はテツオで充分だっつーの。 いつの間にか終わっていたホームルームに我ながら恐ろしいまでの集中力だ…と感嘆し、写し終わった宿題を提出したところで、さー生徒会室に行くかーと重い腰を上げて向かった、その途中。 「げ、」 階段を上る俺に対して、逆に下りて来た変態とはちあわせてしまった。変態とは言わずもがな、高島恭平ひとりしかいない。 「迎えに来てくれたのかい?キーリィ」 「…それ言うなら逆じゃないですか?」 俺の方が生徒会室に向かってたわけなんだから逆じゃね?うん、凡人の俺なんかには恭平さんの考えなんて全く理解できないな。 「はい、ユーターン」 「えっ」 いきなり肩を掴まれて、ぐるっと180度回転させられた。 「え、なに、連れションですか」 「キーリィがしたいのなら、」 「全力で断らせていただきます!」 いや、まじで! そして大変不本意ながら、両肩に恭平さんの肘を乗せた恰好で廊下を歩くはめになった。重いと言えば重いし、無駄に近いと言えば近いし、うざいと言えばうざいんだけど、振りほどいた後のめんどうになることも考えてほっておくことにした。ああ、慣れすぎているな、俺…。 「で、これどこに向かっているんですか?」 「あれ、キーリィにしては珍しく集会のこと覚えてたんじゃないの?」 「集会?」 「やっぱり忘れてたんだ」 「いや覚えてましたから!」 初耳ですが! そういう言われ方するといやでも否定したくなるというのが人間の性だ。うん、人間の。 「ほら、あれですよね、そう、あの」 「うん、あの、何?」 「……あっ、ユーホー!」 「球技会の集会だよ」 「……知ってたし!」 そんなわけで恭平さんと密着したまま(言い方に語弊があるな!)、第二会議室に辿りついた。 * * * 後ろのドアからこっそり入ると、黒板にはでかでかと「球技会」と書かれていた。 「球技会…!」 本当に、この学校にもそんな普通の行事があったなんて! 感慨に浸りつつ、部外者っぽい俺と恭平さんは一番後ろの席を陣取った。集会はまだ始まっていないみたいなのに、会議室は静寂につつまれていた。文字通り、静かで寂しすぎる。かゆい! 「文化祭はいつなんです?」 静かな部屋に我慢できなかった俺は空気を読んで、頬をかきながら小声で隣に座る恭平さんに聞いてみた。 「11月だけど、その頃には生徒会も引退してるから仕事は無いね」 「引退はいつなんですか?」 「9月だよ」 「へー」 俺的にいちばん大きなイベントの仕事はしなくてすむようで、一安心だ。 「じゃあ球技会は?」 「普通そっちを先に聞くんじゃないかなあ」 「いやまずは文化祭ですよ」 「球技会は来週の木曜と金曜だったかな」 「もうすぐじゃないですか!」 それなのに今更集会ですか! 球技会ってあれじゃないのか、クラスのみんなで始発の電車に乗って1ヶ月とか朝練するもんじゃないのか。なのに来週ですか。 「ぶっつけ本番かあ」 「というかキーリィは不参加だからね」 「えっ?!」 「足は治ったみたいだけど」 「あー、えー…」 俺の目にはあいかわらず包帯が巻かれていた。週一の通院のおかげか、良好には向かっているみたいだったけど包帯が解ける気配はまだない。 「俺もう帰る…」 「キーリィ、そんなかわいい顔してると食べちゃうよ」 「きーもーいー」 「つーか、いちゃつかないでくれる?」 不意打ちで前に座っていたタロー先輩が振り向いて、的確なつっこみを入れてくれた。いや、的確じゃないか。いちゃついてないもんな。 「どこをどう見たらいちゃついてるように見えるんですか」 「やだなあキーリィ、TPOはわきまえなよ」 「てめえだよ!」 「配布したプリントに目を通してください」 これまた絶妙なタイミングで教壇に立つ、体育委員長らしき人物(だって角刈りだし)が声を発した。どうやら集会が始まるらしい。教室中にぱらりとプリントをめくる音が響き渡った。俺も雰囲気的に手元にあるプリントをめくってみる。何気にこういう場に来たのは初めてだ。今まで生徒会とか委員会とか無縁だったしなー…。 「昨年行った競技はサッカー、バレー、野球、卓球の四種目と、最後に全員参加の綱引きでしたが、今年も同様の競技でよろしいでしょうか」 異義の声は、なし! 「では今年も去年と同様の競技を行うということで、」 「え、こんなあっさり?」 おもわず隣に座る恭平さんに耳打ちしてしまった。 普通もうちょっとなんかあるんじゃないの?今年はバスケがいいでーす的な。つーかバスケって球技会の王道中の王道じゃないの?卓球の方が王道だったの? 「昨年も一昨年も同じだったしね。毎年同じ競技やってるみたいだよ」 「この学校には向上心というものがないのか!」 「じゃあキーリィがなんか提案してみなよ」 提案ねえ。 うーんと唸りをあげて考えてみる。 「えっと、パン食い競争とか?」 「キーリィらしいけど、それ球技じゃないよ」 「頭にボールを乗せながら走る!」 「うーん、まあ挙手するまでもなく却下だろうね」 「ちっ、向上心のないやつらめ」 却下されると分かっていて挙手するほど俺も馬鹿じゃない。 顔を上げて再び体育委員長の話に耳を傾ける。どうやら話は各種目ごとのルールに移ったらしい。 あ、会長と目合った。 なんで体育委員でもない部外者のくせに堂々と体育委員長の横に並んでるのかなあと思いつつ、反射的に目が合ったからには何かリアクションとんなきゃという使命にかられて、ウインクしてみた。 あ、目そらされた。おまけに目元にピースのサインをつくってやる。 「芝、なにやってんの…」 「あ、」 らら。 またも不意打ちで振り向いてきたタロー先輩に、俺のおちゃめな顔を見られてしまった。 「というか、二人ともうるさいよ」 「というか、綱引きも球技じゃないですよねえ」 「というか、が何にかかってるのかは分かんないんだけど」 「キーリィ、それこそ挙手して聞いてみなよ」 「いや今そんなの聞ける雰囲気じゃないですよ」 教壇で体育委員長がもくもくとなんか説明してるし、周り見ても俺達以外喋ってる人いないし。 「ここはやっぱり恭平さんが聞くべきですって」 恭平さんってなんかいつも浮いてる存在だし。 「何聞くんだっけ?」 「パン食い競争はどうでしょう、ですよ」 「あれ、綱引きは球技じゃないってことじゃなかったっけ」 上から恭平さん俺タロー先輩だ。 「では、これにて解散」 ガタガタと椅子の引く音が聞こえて顔を上げると、どうやら今日の話は終わってしまったらしい。 「あーあ、恭平さんが渋ってるから終わっちゃったじゃないですか」 「そういうの責任転嫁っていうんだよ」 「あ、恭平さんはなんの競技に出るつもりです?」 「応援しに来てくれるの?」 「競技が被んないようにしようと思っただけです」 * * * 集会があった次の日の体育の時間。 まだ出る競技も決まってないっていうのに、球技会の練習のために時間を割いてくれるらしい。何にせよ見学の俺には関係ない話なんだけどね。体育は唯一平均以上の成績がとれるはずだったのに…。 「芝は球技会出れんの?」 「あー、一応お医者さんに聞いてからね」 まあ無理だろうなー。体育の時間も見学するように言われてるぐらいだし。うう、ストレスたまる。 「河合のバカー!!」 「なんだよいきなり!」 やつあたりついでに河合の背中に頭をぐりぐりしてやった。 目のことについて何も聞いてこないことには感謝してるが、でもそれとこれは別次元の話だ。ケチャップとマヨネーズがおなじ容器なのに味が違うぐらい別次元の話だ。あー、体育やりてえ。 「河合君はどうせ卓球だろうし」 「どうせってなんだよ」 「卓球だろ?」 「…どうせ卓球ですよ」 納得いかなそうな顔をしてる河合に喝を入れて、卓球場に向かった。 「…なんでお前も卓球場に来るんだよ」 「河合君をひやかしに」 「……」 そして辿りついた卓球場は、すごい人だった。(この言い方だと卓球 場って人がいるみたいだな) あきらかにサッカーよりバレーより野球よりも人が多いのにびびりつつ(なんで個人競技の方が人多いんだよ)、さらに素人目から見てもレベルの高い打ち合いをやってることにびびりつつ(卓球の球っておいしそうだよな…)、びびるってどういう意味だっけと首をかしげつつ(ゲシュタルト!)、でもいちばんびびったことは。 「俊敏すぎてきもい…!!」 残像まで見えるのは俺の錯覚ですか! 体育座りをしてる俺の前には普段の姿からはまったく想像できないぐらい俊敏に動く河合がいた。 笑うのは失礼だってわかってるけど、もやしっこな河合が機敏に動いてると笑いがこみあげてきてしょうがない。影分身の術か!そういや河合には忍者疑惑があったんだっけか。 「河合が何人もいるように見える!」 「うるせえ!」 爆笑してたらいつのまにか終わっていた試合は、どうやら河合の圧勝だったらしい。 試合後、やけにすがすがしい顔をしている河合に「(いろんな意味で)すごかった!」とねぎらいの言葉をかけてやると、満更でもない顔をして「いやいやいや」と謙遜していた。いやいやいや、ほんとにまぶしいよ、河合君…。 「今から希望をとりますので、参加したい競技に挙手してください」 あーあ、俺も球技会参加したいなーと頬杖をしてるとロングホームルームが始まり、教壇に立つ体育委員がプリントを片手にクラスメイトの希望をとっていた。 「野球を希望する人」 ……3人 「サッカーを希望する人」 ……5人 「卓球を希望する人」 ……13人! 「ってなんでだよ!」 多すぎだろ! とおもわずのりつっこみを入れてしまう俺の心境もわかってほしい。だって野球を3人でやるんだとしたらピッチャーとキャッチャーと…あと守備を1人でやるってことか?いや、それはやりごたえがあって逆にやってみたいかも…。 卓球が多いのは、予想通りと言えば予想通りの結果だ。ちなみにこのつっこみは話し合いの腰を折らないように、河合だけに向かって放った言葉です。 「卓球って一番無難だからしょうがないんじゃ、」 「はい!芝と河合野球希望!」 「は?!」 ちょっ、俺言ってねーし!という河合の言葉もむなしく、黒板には野球と書かれた文字の下に芝と河合の名前が追加された。 「あ、え、河合違うから!」 「野球やろうぜ!」 「お前は黙れ!」 「…野球少ないし、河合が出てくれると助かるんだけど」 「えー……」 なにその態度の違い! 非情な河合に文句をぶーたれつつ、体育委員の言葉は効果てきめんで「分かった…」としぶしぶ承諾したみたいだった。 「野球は9人いないとできないだろ?」 「……まあ卓球は規定人数以上いたししょうがないか」 俺の名言は華麗に無視された。 「つーかお前球技会不参加じゃねーのかよ」 「野球規定人数10人だからひとり補欠じゃん」 ちゃんとそのへんはぬかりなく調査済みですよ。つまり俺は補欠要員というわけだ。 「……じゃあ俺スタメンか」 「レギュラーじゃね?」 「野球自信ないんだけど」 「朝練するしかないな!」 すごく嫌そうな顔をした河合はとりあえず置いといて、俺は球技会のために秘密特訓をすることを深く心に決めたのだった。 |