青春パラドックス 3



さて、就寝の時間になりました。

下でぐーすか寝てる河合を起こさないように、そっと歩いて(抜き足差し足忍び足は俺の特技のひとつだ)廊下に出た。右手に昼間姫原理事長からもらった寮内の地図と赤ペンを持って。

一応、授業料も払わないで通わさせていただく身だからね。事件が起きないとしても、なるべくボディーガードとして敷地内のことは把握した方がいいだろう。
そう思い立った俺は、人気のない夜中に寮の中を探検することにした。



「ここには木があると、」

赤ペンでキュッと窓から見える木の位置を書き加える。他にも電灯の位置やガラスの質、足場があるところを書き加えたりして、地図はあっというまに赤くなっていった。

まだ3階と4階しか調査してないけど、始めてからすでに3時間が経過してる。昼寝したっていっても2時間ぐらいしかしてないし、そろそろ明日(あ、今日か)に備えて寝ておいた方がいいかもしれない。

結構すすまないもんだなーと落胆して踵を戻すと、途中ガタンッという音が聞こえた。

・・・幽霊?

いやいやいや、誰かが便所に行った音だろう!うん、絶対そうだ。なんでちょっと音がしただけでこんなびくついてるんだ、俺。ベタすぎだろ。
あはははと乾いた笑いをこぼして止まってた足を一歩踏み出すと、今度は人の声が聞こえてきた、気がした。しかも1人じゃない。何人かの。

俺は目も2.0だし、耳もいいと自負している。

さらにその声は、ちょっと争っている感じにも聞こえるんですけどね?なんていうか、リンチ?みたいな。
ああ、聞き間違いだったらよかったのに・・・と思いながらも、人の声がしたとなっちゃ放っておくのは良心が痛む。

俺は声のした方へ、なるべく音をたてないように走って行った。
確か、声のした方にはさっきチェックしたトイレがあったはずだ。



* * *



問題のトイレに近づくと、だんだん声もはっきり聞こえてきた。「やめろ!」とか「はなせ!」とかくぐもった声が。やっぱりこれってリンチ?おぼっちゃん学校にもこういうのあるんだーなんてちょっと意外な発見をして得した気分になる。いや、でも俺が通ってた高校にはなかったけどね。結構偏差値低い学校だったけど。いじめ、かっこ悪い。

トイレに着いた俺はこっそり、中を覗いてみた。いきなりリンチに巻き込まれてもやだし。

で。

「・・・?!」

思わず息を呑んだ。言葉通り、空気を吸い込んだ。
目をこすって、見間違いだったらいいなーとちょっと願望を持ってみるけど、いくらやっても目の前の状況はかわらなかった。

生まれてまだ16年の短い人生ですが、まさかホモのレイプシーンに出くわす日がくるとは。しかも輪姦?わー、過激。まだAVだって堂々と見られない歳なのに。
まだ入れられてないっぽいけど、パジャマのボタンは全部はずされてるし、これはやばいよな?
でも被害者が頑張って必死に暴れているのを見ると、なんか手助けするのも申し訳ないような気がして、ずっと応援していたい気分になってきた。まあ、もちろんそういうわけにはいかない。
得意の抜き足差し足忍び足で、俺はばれないように現場との距離を縮めた。
犯そうとしてる奴らも被害者も必死だから、結構派手に動いてもばれなさそうだけど、念のため。

そして不意に見えた被害者の顔に、俺はさらに息を呑むはめになったのだった。

その被害者は、写真で見た姫原渉、本人だった。



・・・ん?
俺の頭に、あるひとつの仮定が立った。
もしかして姫原渉のボディーガードって、こういうこと?
暴漢の手(しかも生徒)から守れってこと?

誘拐とかまったく関係ねえじゃん!

頑張って抵抗している姫原渉には申し訳ないけど、ちょっと脱力感に襲われた。
だってヤクザとか殺し屋とか、そういう類から守れってことだと思ってたし。俺の勘違い?いや、姫原理事長がもったいぶった言い方をしてきたのが悪い。

しかし、生徒相手だったらのめすのも容易いな。朝飯前というやつだ。まさに今、朝飯前だし。

俺は念のために持ってきていた、去年健吾と祭りのときにおそろいで買った某アニメのヒーローのお面をかぶって、悪党どもの前に立った。BGMでバイクの音が聞こえる。もちろん俺限定。

そこからは簡単だった。

「誰だ?!」
「ふふっ俺はな・・・」
なんてやりとりもなく、というか言葉自体もなく、俺は敵を次々に殴っていった。うん、足すら使わなかった。
敵は3人でなかなか体格もよい奴らだったが、動きが大きいこと大きいこと。腹を殴ればどいつも一発だった。わざわざ急所を狙うこともないほど。
これだったら健吾の方が全然強かったぞー。



* * *



とりあえず伸びてる男3人を、全員まとめてポイッと個室に押し込んだ。用足しにきたやつがいきなりこの有様を見たらびびるだろうから、俺なりの配慮だ。

ふー、と一仕事終えて額の汗をぬぐうと(実際汗は出てないけどな、まだ春だし)、俺はすみっこでかたかた震えてる姫原渉に近づいた。

寮を探検してる間、俺はこれからのことについても考えていた。主に姫原渉関連。
んで、たどり着いた結論は、「姫原渉に媚を売る」じゃなくて「姫原渉に極力接触しない」だった。接触しないかぎりボディーガードできないだろとも思ったけど、そこは影のヒーローみたいな?あぶなくなったら現れる、謎のカッチョメン、俺。(お面付き)
無駄な接触をしなければ解雇になることもないだろうと考えたわけだ。

「大丈夫ですか?」

心なし、声色も変えて話しかけてみた。

「だ、だいじょうぶだっ」

いやいや、ひらがなになってますけどねー?

俺は姫原渉の正面にしゃがんで、パジャマに手をかけた。

「なっ」
「あ、続きをしようと思ってるわけじゃありませんよ?ボタンしめようと思って」

あんた手震えてるし、とても自分じゃしめられそうにないもんな。でも今、まだ春だし。ボタン全開じゃ、見てるこっちが寒い。

「しなくていい!」
「遠慮しないでくださいよー」

なんて言ってる間に、さっさとボタンをしめてやった。そんな抵抗しないあたり、本気で嫌がってるわけではないことがわかる。
人のボタンなんてしめるの、何気に初めてだな。結構おもしろいかも。今度他の奴にもやってやろう。

それにしても、かわいい顔して姫原渉は中々きつい性格らしい。猫みたい。シャー!みたいな。
でもこの顔で、これまでに40人ちかくのボディーガードを解雇にしてきた実績もあるわけだし。ああ、そう思えばこの性格も納得か?

「じゃ、これからは気をつけてください」

無駄な接触をする前に帰ろうと思った俺はそう言って、さっさと立ち上がって踵を返した。

・・・はずだったが、それは願わなかった。
重心が後ろに移る。

なぜなら姫原渉がおれの制服の裾を掴んでいたからだ。

結構な勢いをつけて立ったおかげもあって、俺、カエルみたいな声出ましたよ?グエッって。

「・・・お前、誰だ!」

うん、もっともすぎる質問。
俺、今お面つけてるし、いかにも「変質者です!」って言ってる感じだよな。そんなこともあろうと、制服着てるんだけどね。

「怪しいものです」
「や、それは見ればわかるけど」

・・・あれ?

あ、俺、いま言い間違えた!
今のは「怪しいものではありません」ってかっこよく決めるとこだよ!

「お面、はずして」
「それはできません」

お面の下で笑ってることを知られないように、酸素に触れると俺の顔って溶けるんですーと下手な説明をして(案の定、姫原渉はまったく納得していない顔をしていた)、俺はまた姫原渉の正面にしゃがんだ。

「もしかして腰ぬけてるんですか?」
「ちがうっ!」

パッと姫原渉は立ち上がった。んー。ほんと猫っぽい。

「あぶなくなったら、俺を呼んでくださいね?」
「・・・どうやって」
「・・・念力?」

とりあえず決め台詞も言ったし、俺は今度こそ脱兎のごとくトイレから逃げ出した。



* * *



そんないざこざがあったが、翌朝、俺はきっちり7時に起きた。
ショートホームルームの8時半からだからそれまでに教室に入っていればいいという話しだったけど、余裕を持って登校したい。
なんてたって、転校2日目ですからね。

河合はまだ寝てる。寝相よくてうらやましいなー。



「勝手に人のパン食ってんじゃねーよ」

登校してきた河合は朝の挨拶もそこそこに、まず文句をぶーたれてきた。
食パンを勝手に拝借したのは事実ですけど、おはよーぐらい言おうよ。

「しかも起きたらお前いないし」
「俺、早起きだから」

朝、俺はてきとうに仕度を済ませたあと、さっさと学校にきていた。
通学にかかった時間は約3分というウルトラマンだって敵を倒せちゃうような超短時間だったから、チャイムが鳴る40分も前に教室に到着してしまった。さすが寮。
前の学校だったらありえねーな。

河合は「お前って意外に優等生?」なんて言いつつ、俺の隣の席に座ってきた。

「あれ?河合って俺のお隣だったの?」
「そうらしいな」
「昨日言わなかったじゃん」
「俺、出席とった後すぐ帰ったから」

そういや昨日、隣の机は無人だった気がする。

「ふーん。でも隣がお前でラッキー」

笑ってそう言うと、なぜか河合は怪訝そうな顔をした。
なに?お前はいやだったわけ?
何気に傷つくなーとへこんでいると、河合は「お前が隣で良かったのか、悪かったのか・・・」とぼそぼそ言い始めた。
どっちだよ。

「? なんで?」
「お前、この教室の雰囲気わかんねえ?」

まあ、さきほどから好奇心旺盛な視線は感じてますよ。

「405部屋に転校してきた謎の転校生と、呪われたルームメイト!って感じ?」
「よく分かってんじゃねーか」

河合の話だと、どうやらクラスメイトから転校生も河合も遠巻きにされてきたらしい。確かに周りから見たら不思議なことこのうえないだろう。いっつも転校したり編入してくる奴が必ず405部屋なんだもんな。絶対、河合が原因だって思われるって。呪われてるって。

「じゃあ河合ってダチいねーの?」
「・・・この学校、頭でっかちなのが多いからな」
「うわー。友だちいないんだーお前ー」

本当のことを言ったまでなのに、殴られた。

「ダチぐらいいるから」
「またまたー」
「てめー殺すぞ」

河合君が本気で殺気立ってるのは、俺の気のせいじゃないよな。
からかいすぎたかもしれない。はい、反省。

「ま、いーじゃん。俺が転校するまでお前のダチになってやる!」
「・・・」

あ、また怪訝な顔された。

この年で「友達になろう!」なんて言うことがばかばかしいことぐらい分かってるけどさー。
ちょっとした冗談じゃんね?アメリカンジョーク。



* * *



4限目まで授業が終わりました。
見事、授業内容さっぱりです。

だっていきなり自分の偏差値より10ぐらい高い学校に来ちゃったんですよ?
ついていけるわけないっつーの。

でもボディーガードとしてこの学校に来てる以上は単位を落とされることもないだろうし、気楽にやってても平気だろうな。うん。
おかげで授業つまんねえけど。


「河合、昼飯どうすんの?」
「食堂」
「ついてくー」

ってことで、俺たちは食堂に来ていた。
学校の食堂でも寮のと同じプリペイドカードが使えるらしい。俺のカードは理事長さんから支給されたものだから一番高いのを頼んだっていいんだけど、あえて俺はかけそばを頼んだ。

「またかよ」

呆れ気味の河合君はまた、400円する定食を食べている。
今日の定食は親子丼か。ちょっとうらやましい。白米なんてずっと食べてない。

そんな俺の心中を呼んだのか、河合は「食べるか?」と定食に付いてきたたくあんを俺にくれた。
・・・ちょっと惜しい!
俺の欲しかったのは米だったんだけどなと思いつつも、ありがたくちょうだいすることにした。
よし、今日の夕飯はふりかけご飯にしよう!
6時間もさきのことを心に決めてると、何の予兆もなく食堂全体がいきなりざわざわがやがやとざわめき始めた。
そりゃ、もう、ここにいる生徒全員がいっきに喋り始めたかのような。

「え?なに?」

もしかしてなんかそういう決まりでもあるの?
13時になったらみんなで喋りましょーみたいな。

正面に座る河合(こいつはずっと黙ってたけど)に小声で話しかけると、いかにも話すのめんどくさいみたいな顔されたけど、俺も負けじと話せという顔をして(どんな顔だ)、しぶしぶ、河合は口を開いた。

「生徒会の誰かが来たんだろ」
「・・・は?生徒会が来たら騒がなきゃいけないっていう校則があんの?」

そんな校則聞いてないよ。

「ちげーよ。なんつーか、生徒会って色々と目立つから」
「? よくわかんない」
「・・・今来たのは、会長らしいな」

河合は食堂の入り口に視線をやって「見てみろよ」と言った。
河合の視線先を見ると、そこには。

「・・・げー」

夜中のトイレの出来事といい、なんなんだこの学校?
生まれて初めて、2.0の視力がいやになった瞬間でしたよ?

そこにいたのは、やたら背の高い男と、その男と腕を組んでいるやたらなよなよした少年だった。
なんかよくわかんないけど、周りのやつらはその2人のために道あけてるし。

・・・学校内公認のホモカップル?

いや、公認するのもどーよ。

「・・・どっちが会長さん?」

再び河合と向き合って、こそこそと喋り始めた。

「あの、でかい方」
「っつーか、なに?この学校ってホモばっかなの?」

ここに来るまでも手を繋いでる奴らがいたけど、それは目の錯覚だとやりすごすことにしたんだけどな・・・。

「・・・言いづらいけど、多分、そう」
「うーわー。俺ぜったい無理」

確かに昨日の姫原渉とか、生徒会長やらと一緒にいた少年はかわいかったかも、だーけーどー、生理的に受け付けられないだろ、それ。

え、じゃあ何、あのやけに背の高くてかっこいい生徒会長っていうのもホモなの?

かっこいいのにホモなんて、もったいない。人生損してる。
共学に行ってたら女の子とウハウハだっただろうにってウハウハって死語?ウハウハ。語呂いーのにな。

「あー、学校の生徒代表の会長がホモって。この学校だいぶやば、」
「、おい!芝、おい!」
「え?」

この学校のナチュラルホモ模様にびびってた俺は気付かなかったが、ずっと河合がこっそり人差し指をたてて俺の後ろを指していたらしい。
こいつ何が言いたいんだ?

「ETごっこ?」
「あほか!後ろ、」
「うしろ?」

振り向くと、そこには先ほどまで威風堂々と歩いていた生徒会長様が俺を見下ろしていた。
冷えた無表情で。

・・・もしかして、まずいこと言った?っつーか地獄耳?

背後から河合の盛大なため息が聞こえたのは、言うまでもない。


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