青春パラドックス 4



なまじ顔が整ってるやつって、無表情だと妙な迫力があるんだよなー。

今、俺って蛇に睨まれた蛙って状態?
そういや学ランの下に緑のパーカー着てるし、否定できないかも。

「なんか言ったか?」

会長様は俺を見据えたまま、あいかわらずの無表情で口を開いた。その声が食堂全体に響いたのは、俺の気のせいじゃないだろう。

威圧感すげー。

「いえ、たくあんがちょうどいい塩加減だなと」
「そうか」

と言葉を発したと思った同時、拳が飛んできた。

瞬きすら許されない速さ。
咄嗟に俺は空いている左腕で襲撃を防いだ。 ・・・喧嘩慣れしてる俺でもびりびりと痺れの残る腕。こいつ、人を殴るのになんの躊躇いもない奴なんだ。
俺、そういう奴、苦手だ。

無意識のうちに俺は奴を睨みつけていたらしい。すると今まで無表情だった奴の口角がふいに上がった。「あ、笑った」と思った瞬間。

バッターン!という地響きが食堂中に広がった。

静まる食堂。
唖然となる俺。

いや、まさかとは思ったけどこいつ、俺が座ってた椅子蹴ってきた?!しかも横からじゃなくて、真後ろから!
奴の右足が動くのを感じとった俺は咄嗟に椅子から転げ落ちたけど、落ちてなかったら今ごろ机と椅子の間にはさまって圧迫死していたかもしれない。
なんか椅子、壊れてるし。テーブルの上のかけそばも中身零れてるし。

「ちょ、やりすぎじゃないですか!」

おもわず俺は会長に抗議の言葉を投げた。

会長は少し驚いた顔をしていたようだったが、俺と目が合うと「だから?」と言わんばかりの顔をしてきた。
ムッとして抗議の言葉を更に投げつけようしたが、また奴の右足が上がるのを見て俺は口を閉じた。一向に埒があかない展開になりそうだと感じた俺は、壊れた椅子の横で変な体勢のまま、あえて動かなかった。
どうやら会長の足は俺のあいた腹を狙ってるようだし、腹筋に力を入れればそんな大事にならないだろうと予想をして。

俺は歯を食いしばって来たるべき衝動に備え、目を閉じた。



* * *



「保健室行くか?」
「行かねー」

ちょっとしかそばを食べてなかったのは不幸中の幸いだったなーと腹をさすりながらしみじみ思った。
いくら腹筋に力を入れたところで、直に容赦ない攻撃を受けたら痛いに決まってる。

「あ、でもなんか食べたいかも」
「…お前、元気だな」

5限が始まる5分前。俺と河合は教室に戻ってそんな会話をしていた。



俺の腹を蹴った後、会長は満足したようでそれ以上俺になにかしようとはしなかったが、俺が咳き込んでる姿をわざわざ冷えた目で一瞥してから食堂を出て行った。会長と一緒にいた少年はしばらく呆然としていたみたいだが、我にかえると慌てて会長の後を追い掛けていった。

一方とってもかわいそうな俺は、だめになったそばを周りの視線を感じながら片付ける羽目になった。そんなシンデレラみたいで健気な俺をよそに、河合はどっかの継母のようにひとり優雅な昼食を続けていたんだけどな。(こいつは会長が俺の椅子を蹴ると同時に危険を察知したようで、自分の定食の分だけおぼんを持ち上げていたらしい。裏切り者!)

教室に戻っても食堂の事件を知っているからか、俺への好奇を含んだ視線は絶えなかった。やっぱりストレスたまるな、人の視線って。



そしてその後は無事に5限と6限を終えて(無事と言っても腹はへるし寝るしで、結構大変だった)、さて掃除の時間、と思ったらショートホームルームの先生の話で下校になった。

あれ?

「なあ、放課後って掃除やんないの?」と俺が訊くと、 「は?そんなの中学までだろ」と呆れたように言う河合。

え?俺の行ってた学校はみんな元気に楽しく掃除してたよ。
なんか納得できなかったが、掃除しなくてすむならそれはそれでラッキーなので黙っておいた。

あとで知った話だが、どうやら私立には掃除の時間がないらしい。さすが私立。

「芝は帰んねーの?」
「あー、俺部活見学してくから」

と俺は嘘をついて、GHC(なにそれ?と言ったらGoHomeClubの頭文字をとったものだと河合に自慢げに説明された。意味はまんま帰宅部。始めからそう言えっつーの。やっぱり河合はあほだ)の部員だという河合を先に帰らせた。
今日、俺は今から校舎内を探検する予定ですので。

しかし、教室から出ない奴や廊下にたむろってる奴が結構いて、中々行動に移せない。自慢じゃないが、俺の記憶力は致命的に悪い。知らない土地を地図を持たないで行動するなどもってのほかだ。
それでなくとも、校舎を隅々まで調べてる奴なんて外から見たらただの不審者だろ。

人がいなくなるまでなにすっかなーと考えて、ふと健吾に電話をしていなかったのを思い出した。
思い出したら吉日。
俺は携帯を片手にベランダに出て、誰もいないことを確認してから健吾にワンタッチで電話をかけた。

恥ずかしい話、俺と健吾はいくら電話しても大丈夫ですよーっていうなんとか定額に登録してある。ん、まあそれは若気の至りってやつです。



* * *



プルルプルルーと2コール。

「アクティブ!」
「パッション!」

いつもと同じ、意味の無い掛け声でまず挨拶。
くだらなすぎて笑いがこぼれる。

「てか、何?絶交したじゃなったっけ?」
「切り替えはやっ!」

いやいや、さっきまで笑ってたじゃないですか、あんた。
っつーか昨日のこと覚えてたんだ。そんな根に持つタイプだったっけ?

「規里に絶交って言われたからショックで1日中寝込んでたんだけど」
「あ、そっちはあと5日春休みあるからね」
「そこか!」

あー、やっぱり気心が知れた奴と喋るのは和んでいいなあ。
おもわず自然と顔が綻んでしまう。

「本気で転校したわけ?」
「ほんとだっつーの。テツオに聞いてみろよ」
「え?俺、テツオさんと喋るの緊張すっから無理」
「きもい」

ちなみにテツオというのは親父の名前だ。

「昨日始業式やって、授業も始まった」
「はえー。で、どこに転校したんだっけ?」
「あ、知らない」
「知らないのかよ!」

そういえばここがどこの土地なのかも、なんていう学校かも調べるのを忘れていた。まあ、知らなくても困らないだろう。いや、これはちょっと無頓着すぎるか?

「どう?新しい学校は」
「まだなんとも言えないけど、ホモばっからしいよ」

電話の向こうでブッと噴出す音が聞こえた。

「いや、そういうことが聞きたかったわけじゃねーけど」
「えー?幼馴染が貞操の危機だよ?心配じゃない?」
「大丈夫だろ。別に見目がいいわけじゃないし」
「軽く失礼なこと言ったな。地味専がいるかもしれねーじゃん」
「お前より地味なのもっといるだろ」
「ああ、名前がタローとかな」
「そ、ジョンとか」

そう言って、俺たちはまたぎゃははと下品な笑い声をあげた。やっぱりバカなこと言い合うのって楽しいなあ。(全国のタローさんとジョンさんごめんなさい)

「でもお前も人のこと笑えないだろー?忍者ハットリくん」
「うっせ、芝刈り」

健吾の苗字は羽鳥というから、忍者ハットリくんという無駄に長いあだ名が命名されている。他にもニンニンとかな。

その後もなんとか定額のおかげで、昨日のホモのこととか今日の昼のこととか、テツオの話をして(健吾は家にずっと引き篭もっているから話題が無いらしい)、電話を切る前に「いちおう背後に気をつけろよー」と忠告されて、何に気をつけるか分からなかったが「任せろ!」と意気込んで言ってみた。

で、恒例の「パヤパヤ!」「ラッチャ!」とまたも意味不明な言葉を最後に、電話を切った。



* * *



転校して一週間が経った。

授業態度はあいかわらずだし、新しい学校生活に慣れたかといえばそれも微妙なところだけど(なんと言ってもこの一週間、河合としか喋ってない)、自分なりにつくった学校と寮の地図も完成してあとは暗記するだけだし(まあ俺にとってはそれが一番辛い作業わけだけど)、そのかたわら姫原渉の隠れボディーガードとして行動して(姫原渉はモテモテでしょっちゅう襲われていて、それを見た俺はこの学校腐ってるーと思っていたのだが、姫原渉も護衛術を身につけているらしく、襲ってくる輩にはその小さな体で殴るわ蹴るわ投げるわ飛ばすわの特攻だったから俺が出る間でもなかった)、なかなか充実していた一週間だった。

何か著しい変化があったとするなら、ホモカッポーを見てもいちいち驚かなくなったことぐらいだ。慣れとはおそろしいもので、ここまでホモ文化が浸透してるとなると、なんだかノーマルの俺がおかしく思えてくるような・・・いや、毒されるな俺!おかしいのはこの学校だ!

そんなモーホー環境の中でも特に生徒会の皆さんが人気があるらしい。河合が言うには生徒会の誰かに手を出したり出されたりしたら大問題で、そんでもってそのお相手がみんなの認める釣り合う相手じゃないと速攻学校内でハブされるという話だ。
まあ俺も会長に手え出されましたけどね?足もついでに。だからハブされてんのか。(違います)

そういえば、姫原渉のボディーガードの最短雇用期間は2日だったらしい。どうやら俺は記録更新だけは免れたみたいだ。



さて、そろそろ行くかなってことで、俺はみんなが寝静まった頃、ひとりもそっと布団から脱皮した。地図だけ眺めてても頭に入ってくるわけがない。こういうのは体で覚えましょうってやつだ。
音がしないように慣れた手つきでドアの開け閉めをして、廊下に出る。

・・・とまあ、俺は一週間、余裕綽々で同じ行動を繰り返していたわけですが。

4階と5階の階段を何回も行き来しても一向に離れない、背後から感じる気配。これって、確実につけられてるよね?
しかしこっちはわざと完全無防備状態でいてやってんのに、向こうから仕掛けるつもりは毛頭無いらしい。ということは、目的もなくただ俺をつけているだけとかもしれない。
うーん。でもまあここまで辛抱強く待っててやったんだから、こっちから攻撃仕掛けてもいいよな?いいよね?いいかな?(いいともー!)
しつこい脳内いいともごっこして、とりあえず俺は常備しているお面を装備した。

よし、ばっちり。

俺はぐるっと180度回転して、気配の感じる方へダッシュした。

気配の主が慌てて方向転換するのが見えたが、もう遅い。俺はほとんどにおいて人並みだけど、足の速さだけは自信がある。

「待てっ!!」

マリオでいうならBボタン連打という速さだったと思う。エレベーターになんか乗せてやるか。俺は距離が縮んだのを見計らって、勢いよくガバッと前を走ってる奴に覆いかぶさった。

「うわっ」
「誰だ、てめえ」

顔をつかんで、無理やりこっちを向かせた。

「・・・は?」
「いてーな、何すんだこの馬鹿!」

俺を尾行してた奴は、予想外も予想外。いや、誰かなんて予想もしてなかったけど。

ルームメイトの河合だった。


back * next