青春パラドックス 6



いったいなんだったんかなーと頭を掻きながら部屋に戻ると、玄関で河合君がお出迎えして下さいました。しかも腕組んで仁王立ちで。こわい。

「なんだったんだよ、あれ」
「え、へへへ・・・」

とりあえず笑ってごまかせ。

でも、河合もばかじゃなくて、えへへえへへと奇妙な笑いを続ける俺を一瞥すると、眉を顰めて「はあ」と盛大なため息をつきやがった。(っつーか河合、ため息つきすぎじゃないか?幸せへるぞ?)

「そういや、お面は?」
「はっ!」

お面!

慌てて顔をぺたぺた触ってみるけど、案の定そこにはなんの手応えも無かった。
今の今まで忘れてたけど、さっきの胡散臭い殺し屋の王子様にはずされてから返してもらってない。

お面ってひとつ、1000円もするんだよなあ・・・。しかもカエルのやつ、気に入ってたからすごく損した気分だ。
でも、だからって返しにもらいに行くのも避けたい。もう二度と会いたくないやつベスト3に入るぞ、あいつ。

「って、お前それどうした!」
「は?」
「そのバッチ!」

えー?
なんで河合こんなびっくりしてんの?

慌てふためいている河合とは反対に、俺は緩慢な動作でさっきつけられたバッチを見た。なんの変哲もない、ただの白いサクラのバッチだ。
なんだろ。値打ちでもあんのかな?

「このバッチがなに?」
「誰に貰った?」
「なんか、変な美人」
「かわいいじゃなくて?」
「かわいいというよりは、美人・・・っつーか変人?変態?」

確かにあれは変人で変態だった。
思い出して、うんうんと頷く俺。

「で、このバッチがどーしたよ?」
「・・・俺、疲れたからもう寝る」

いや、説明してから寝ろよ!と喚く俺を完璧なまでに無視して、河合は本気で布団に入りやがった。

うーん、このバッチはそんなすごいものなのか?
もしかして、魔界と地球を繋ぐ秘密道具だったりしちゃう?でもって、龍を倒せる唯一の武器だったり?

ありとあらゆる可能性を考えて、楽しくなってきた俺もにやにやしながら布団にもぐり込んだ。
今日はもう眠いし、バッチのことは明日聞けばいっか。



そういや、健吾は俺の貞操の危機を鼻で笑ったけど、実際に襲われちゃったよ、俺。
しかも、俺より全然見目のいい奴に。
あとで健吾をぎゃふんと言わせるためにも報告してやろーと考えて、俺はますます楽しくなってきた。
あいつ、どんな反応すっかな。さすがにぎゃふんとは言わないかな。



* * *



「ここが第一音楽室で、隣はいっぱい楽器が置いてある音楽準備室ー」

今日もぐっすり眠っている河合を放って、俺は人気の少ない特別塔をひとつひとつチェックしながらのんびりした歩調で歩いていた。窓から射し込んでくる光が心地よい・・・あ、今の詩人っぽいな。

いい気分になってにこにこ歩いていると、たまにすれ違う人と目が合う度、なぜか驚いた顔をされた。一様に。驚くっていうかギョッとした顔。
ん?やっぱり笑いながらひとりで歩いてるのっておかしいか?仏頂面よりはいいと思うんだけどなあ、なんて考えながら、やっぱりにこにこする。

しかし、そのギョッとした顔は俺が仏頂面になっても変わらなかった。

「なんだ・・・?」

首をひねるけど思い当たるふしがない。
ショートホームルームが始まる10分前。教室に戻った俺はひとり机に座ってぼーっとしていたが、登校してきた奴らは俺を見るたびいちいちギョッとした顔をする。
今じゃ教室に留まらず、なぜか廊下からも多くの視線を感じる。ほんと、なんなんだ?

せっかく、気分良かったのに。お前らのせいで台無しだ。

「また人のパン食いやがって」

河合の朝の挨拶はパンの恨みから始まる。まったくもって心が狭いやつだな。

・・・まあ今はそれは置いといて。

「俺、今日の顔、変?」
「は?普通じゃねーの」
「だよなあ・・・」

べつに一重になってるわけじゃなさそうだし・・・。
学ランを前後逆に着てるのかとも思ったけど、何回確かめてもちゃんと着てたし、髪だってあほ毛がぴょんと跳ねてるのはいつものことだ。顔をぺちぺち触っても、なんらおかしいことはない。

「すっげー見られてる気がする」
「・・・それのせいじゃね?」
「どれ?」
「バッチ」

河合は俺の襟元を指差した。
・・・バッチ?

「あっ、そうだよ!このだっせーバッチなんなんだよ!」

説明する前に寝やがって!教えろコラ!
昨日のことを思い出してそう怒鳴ると、なぜかさっき以上に周りががやがやうるさくなった。
・・・なに聞き耳たててんだよ、お前ら。言いたいことがあるんだったら正々堂々と来いっつーの。

俺はこっちを見ている奴ら全員を睨みつけてガンをつけた。シャー!

「・・・お前、殺されるぞ?」
「は?誰に?っつーか、なんで」
「言わなかった俺も悪ぃんだけど・・・」

と言って、河合は小声で話し始めた。

河合君の話、要約。
このバッチは生徒会役員の補佐がつけるものらしい。

「・・・・・・」

ちなみに桃色のサクラのバッチをつけているのが、全校生徒の憧れの生徒会役員さまさまども。
つまり河合の話だと、俺は生徒会役員の補佐になったというわけらしい。詳しく言えば、高島恭平副会長さまの。

「おい、そんな話聞いてねーぞ」
「俺に言われたって知らねえよ。本人に詳しく聞け」
「河合君、つめたい!ひどい男!」
「あーあー、冷たくて結構」

こいつ、何気に俺の扱い方うまくなってない?

さらにもっと詳しく教えろやーという俺の要望に、河合は嫌々そうな顔をしながらも答えてくれた。

今年の生徒会役員は全員で3人。しかし3人とも補佐が決まっていないとのこと。
このバッチの制度は例年人気のある生徒会が、ある特定の人を選抜することによってファン(つっこみどころ満載だな)への牽制になることから始まったのこと。
それとやっぱり3人じゃ人手が足りなかったから補佐をつけることになったのこと。
ちなみに補佐立候補者は後を耐えないとのこと。

はいはい、この学校はほんと意味わかんないですね。



* * *



周りの視線や陰口らしきものにもなんとか耐えて、昼休みの時間がやってきました。

「よし、生徒会に殴りこみに行くぞ」

もう二度と高島恭平とやらには関わらないつもりだったけど、こんなことをされちゃ我慢ならない。
俺は河合の腕を掴んで、立ち上がらせようとした。

「は?なんで俺も行かなきゃいけねーんだよ。一人で行け」
「河合君最低!女の敵!」
「お前男だし」
「死ねばいいのに」
「・・・・・・」

心優しい河合君は、なんだかんだ言ってもいい奴なので俺と一緒に生徒会室まで着いてきてくれた。

「・・・俺、生徒会と関わり持ちたくねーんだけど」
「腹くくれ!」

それでもぐちぐち文句を言う河合に、俺は一喝入れてやった。
一番の被害者は確実に俺なんだけどなあ。

「なんで高島先輩からバッチもらってんだよ」
「こっちが聞きたいぐらいだ」
「めんどくさいことになってんなあ・・・」

ほんとにね。
河合じゃないが、俺も何回もため息をついてしまうぐらいに疲れていた。
休み時間の度に廊下に群がる生徒たち。堂々と正面向かって文句を言ってくるならともかく、あんな陰口たたかれちゃ怒る気もうせる。くだらねー。

「キーリィ!」

・・・不意打ちが得意なのか?この人は。

くるっと後ろを振り向くと、廊下を軽やかに歩く高島恭平の姿が目に映った。今日は黒い気配はしないけど(むしろフローラル)、いやいや、油断ならない。

「そのバッチはお守りになったかい?」
「いえ全然。つーかどんな効果があるんですか」
「君に変な虫が寄り付かないように」

にこりと貴公子スマイルで笑う高島恭平。

ほんっと、胡散臭いなあ。
俺はペースに乗せられる前に、さっさと話を切り出した。

「俺、補佐なんかやる気ありませんから、バッチお返しします」
「なんで?君にも悪い話じゃないと思うんだけど」

高島恭平はそう言うと、俺の耳元に口を寄せて囁いてきた。

「生徒会補佐になれば姫原を近くで護衛できるうえ、同時に俺のことも監視できる」

ね?悪い話じゃないでしょう?と微笑んで言う。

・・・んー。なんか裏がありそうな話だ。
その一方、そういえば姫原渉も生徒会役員だったなーと今更のように思い出して。生徒会補佐なんかになったら、姫原渉に自然と近づくってことか。くび宣告されるかもしれないし、それは避けたい気がする。

「やっぱりお断りします」
「俺もそれは断るよ」
「・・・思ったんですけど、俺が補佐をやったら、あんたにどんなメリットがあるんですか」
「え?君にあんなことやこんなことができる、とか」

あんなことやこんなこと?
俺が首を傾げてると、何を思ったのか高島恭平がふいに動いて、俺の頬にちゅって。ちゅっ、て・・・?!

「ぎゃーーー!変態!」
「昨日は激しい夜だったね」
「知らねー!っつーか誤解を招くような言い方すんな!」

変態!変態!

俺は無意識のうちに高島恭平を殴ろうと右拳を突き出していたらしい。
しかし、その攻撃も左手で簡単に捌かれた。

こんな容易くかわされると、ほんと立場ねー。

「はっ!そういや河合は!」
「うん?君の友だちなら俺を見た途端どっか行っちゃったけど?」

う、裏切り者がいる・・・!
あいつはユダか?光秀か?!切腹だー!



* * *



「せっかくここまで来たんだから、生徒会室まで来ない?」
「いえ、昼飯食べたいんで」
「いっぱいお菓子あるんだけどなあ・・・」
「・・・・・・」

結局。
物につられた俺はのこのこ高島恭平について行きました。



ふかふかなソファに、箱からして高級だとわかるクッキー、いい香りがただよう紅茶。
そして、正面ににこにこ笑って座っている高島恭平。

「・・・・・・」

こいつさえいなけりゃ、最高なんだけどねえ。

「あんたは昼飯とんなくていいの?」
「君が最高のおかずだよ」

俺は気付いたら、手元にあったクッションを高島恭平めがけておもいっきり投げていた。

こいつ、この顔で軽くセクハラまがいなこと言いましたよね?このお上品な顔に似つかわしくないことを。
ほんと顔だけはいいのに、性格がこれじゃもったいないなあ。親が泣くぞ。

・・・あれ?前にも誰かにこんなこと思わなかったっけ?

デジャビュ?と一瞬思ったが、・・・ああ、生徒会長様か、と俺は食堂の一件を思い出して顔をしかめた。

河合が生徒会は3人だと言っていたから、だとするとあのバイオレンスな会長に、この胡散臭い高島恭平に、猫みたいな俺の雇い主姫原渉の3人が役員なのか。すっげーメンツ。
絶対補佐なんて無理だな。色々と。

「俺、やっぱり補佐なんてできません。誰かに恨まれそうでこわいし」
「ああ、それは大丈夫だよ。補佐には誰も手を出せないから」
「・・・そーですか」

誰かに恨まれそうでこわい、という言い訳は一蹴された。
それにしてもなんですか、その規則は。
この学校には、そういう暗黙の了解があるんだろうな。なんでそんな便利な規則があるのかってそんな疑問を問うほど、俺もばかじゃない。ここが異色の地なのはもう十分理解したつもりだ。なんたって、生徒会があのメンツだし。完璧俺のアウェー状態。

「それにさっきから言ってるけど、俺は君のためを思って補佐に任命したんだよ?君に友だちができればいいなと思って」

お前はなんだ。俺の親か?保護者か?先生か?

クッキーをばりぼり食べながら、鼻で笑ってやった。

「なんでてめーがそんなお節介やくんだよ」
「君が大切だから」
「真剣な顔で言われても、ときめくか」

昨日今日知り合った奴に言われても、赤い実なんてはじけるはずがないだろ。つーか誰に言われても無理だな。はじけないな。

「先輩に向かって、てめーはないと思うなあ」
「じゃあ、おめーだな」
「羊みたいでかわいいけど、却下。俺としては、恭平先輩が一番妥当だと思うよ」
「妥当の使い方が間違えてると思います」
「今度から恭平先輩って呼んでね」
「シカトか!」
「あ、思い出した。補佐はね、任命した役員のことを下の名前で呼ばなきゃいけないんだった」

なんて都合のいいことを・・・!

「補佐やるなんて一言も言ってない」
「あ、今言った」
「は?」
「補佐やるって」

俺は一瞬ぽかんとしてしまった。

食べかけのクッキーがひざの上に落ちて、はっと我に返る。

いや、今のは屁理屈すぎだろ!「バカって言う方がバカなんですー」っていう並に、屁理屈すぎる。小学生か、こいつ。いや、小学生にも失礼かな。

なんだか、高島恭平がかわいそうになってきた。

「ほら、恭平先輩って言って」
「なんで俺が!」
「ね?」

・・・今、ちょっと黒いオーラを発動しましたよね?
ここで逆らったら、命というか貞操が危ない気がした俺は口を噤んだ。こんなことで命も貞操もおとしたくはない。

俺は数秒思案したあと、覚悟を決めて言った。

「きょ、きょうへいさん・・・」

高島恭平の言いなりになるのは癪だから、せめてもの抵抗で先輩付けじゃなくしてみる。
って、あほか!さん付けのほうがおかしいだろ!

「新婚さんみたいだね、規里」

案の定、逆に喜ばれてしまった気が。
そして機嫌良さそうに鼻歌を歌い始めた高島恭平は、クッキーを運ぶのをやめていた俺の手を不意にとると、また手の甲にちゅってしてきた。
・・・あー。この人は日本人じゃないんですね?というか地球人でもないんですね?人間の着ぐるみ着た星の王子様なんですね?

さらに、左手の薬指にまで唇を乗せてくる。

「今度、婚約指輪を買いに行こうか」
「・・・なにやってんの、お前ら」

呆けていた俺は、この部屋に第三者が来ていたことにすら気付いていなかった。


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