青春パラドックス 7 (え、ひ、姫原渉?!) あ、姫原の前に「え」をつけたら愛媛だーなんてどうでもいい発見して喜んでる場合じゃない。 突然現れた第三者は、俺の雇い主であって生徒会役員でもある、姫原渉だった。怪訝そうに俺と高島恭平を見比べている。 ま、まだ心の準備が・・・! でも心の準備って具体的にどんなことをすれば! 手術?補強手術?! 痛いのには慣れてないから勘弁してほしい! 慌てふためいている俺を姫原渉は一瞥すると、更に訝しんだ顔になった。 「誰、こいつ?」 ・・・あれ? どうやらボディーガードってことも、お面つけた謎のカッチョメンってこともばれてないらしい。 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。 「ああ、この子はしば、」 「だー!だー!!」 「・・・なんだいキーリィ。赤ちゃんプレイ?」 どっちかといえばイノキ・・・じゃなくて、いやいや、こんなときに下ネタ発言は控えましょうよ、あんた。そもそも俺バブーなんて言ってないし。 でもなくて。 何、勝手に人の名前言おうとしてるんですか! こいつといると、ひとりノリツッコミがうまくなりそうだななんてちょっと現実逃避してみたりして。俺、そんなさびしい子になりたくない。 昨日、高島恭平に俺の名前を言ったらボディーガードだって一発でばれた。だったら姫原渉本人が俺の顔を知らなくても、名前を知らないわけがない。・・・忘れられてない限り。 「あ、そのバッチ。噂ほんとだったんだ・・・」 姫原渉は俺の襟元を見ると一瞬のうちにすごい不機嫌そうな顔になって、キッと高島恭平を睨みつけた。 んー。 今更だけど、どいつこいつもフルネーム呼びにすると、何気にめんどくさい。俺の場合フルネームで呼んでも4文字だから楽だけど、たかしまきょうへいとか8文字だからね。書くと9文字だし。 ・・・別に、「恭平さん」でもいいんじゃね? よくよく考えてみれば、そんな嫌がる必要もない呼び名だよな。(新婚とか抜かすのは頭が溶けてるこいつだけだろう) よし、恭平さんって呼んでやろ。皮肉も込めて。 そんな脱線したことを考えてたら、いつのまにか2人の言い争いが始まっていた。いや、よく見ると争ってるのは姫原渉だけか? 「お前、補佐なんていらないって言ってただろ!」 「気が変わった」 「そういう身勝手な行動やめろよ!これ見よがしにって、被害受けるのはこっちなんだから!」 「まあまあ、落ち着いて」 「落ち着いて、じゃない。自己中男!」 ああ、自己中というのは激しく賛成です。 俺はきゃんきゃん吠える姫原渉に同情の念を抱いた。姫原渉は猫じゃなくて、子犬だったのかもしれない。小動物ってかわいいよなー・・・。 どこか微笑ましい気持ちになって、目を細めて姫原渉を見ていると、不意に生徒会室のドアが開いた。 まあ、あれですよね。生徒会役員はあと1人残ってますもんね。 今度は心の準備とやらの手術をばっちりしておいたから、なんでもかかってこい。 * * * 生徒会室に入ってきたのはやっぱり、いつぞやの生徒会長様だった。 こいつも恭平さん(おえぇ)同様、不意打ちが得意だってことを身をもって知っているから、俺はキッと睨んでシャーと威嚇した。シャー! もし俺にシッポがあったら、きっと毛を膨らませて逆立てさせていただろう。ん?俺萌えキャラ?猫耳? しかし、生徒会長様は俺を見て目を見張ったようだったが、それも一瞬。すぐ目を逸らした。 ・・・あら。拍子抜け。 てっきり何かしら仕掛けてくると思った俺は、すっかり戦意喪失してしまった。 もしかしたら生徒会長様は食堂での一件を忘れているのかもしれない。うーん、毎日誰かしら殴っていそうな雰囲気かもし出していたもんな。あんな一件、ほんの些細なことだったのかも。 「なんで生徒会役員じゃないのがここにいるんだ」 「あ、この子、俺の補佐なんだ」 「やるって言ってないし!」 「部外者は出てけ。不快だ」 ・・・こういう言い方されると長居したくなるのは、俺だけじゃないですよね? 確かに補佐はやりたくないけど、生徒会長様の言いなりになるのもいやだ。 そう思った俺は何食わぬ顔をして、高級ソファにふんぞり返った。誰がお前の言うことなんて聞くかってポーズだ。 「出てけ」 「やだ。俺、部外者じゃないもん」 俺は足を組んで、生徒会長様に鼻をほじくる真似をして見せた。どうだ、むかつくだろ。 「補佐じゃないんだろ」 「でもこの学校の生徒だもん。生徒会がそんな横暴でいいんですかー」 「いい」 「いいのかよ!」 おもわずツッコミ入れちゃったぜ! ああ、ほんとこの生徒会おかしい。俺じゃ太刀打ちできません。 やっぱり生徒会ってそれなりに横暴じゃないと務まらないのか?いや、でも今はそれを発揮するところじゃないよ。この人、間違えてるよ。 そしてどちらからともなく、俺と暴君生徒会長様の無言の睨み合いが始まった。 そして。 (永久にらめっこ?) 俺は今の状況があまりに間抜けな気がし始めていた。 お互い折れるつもりがないんだから、こんな意地の張り合いみたいな睨み合いも無駄な気がする。ほら、後ろの方からこの睨み合いに飽きた姫原渉がお茶をずずっと飲んでる音が聞こえますよ? でもやっぱり負けたくないという、無駄に負けず嫌いな俺。強情!俺、強情! 結局その睨み合いは、それまで静かに勝負の行方を見守っていた恭平さん(うわ、やっぱこの呼び方気持ち悪い)が口を開いたことによって幕を閉じた。 「まあまあ、俺とキーリィは只ならぬ関係だから、そういう縁で許してあげてよ」 「・・・・・・」 只ならぬ関係ってどういう関係だと問い質したくなったけど、これ以上ややこしくなるのも不本意なので黙っておく。もう睨み合いは飽きたし、たぶん、これは恭平さん(やっぱり慣れない)なりに俺を助けたつもりなんだろう。 「只ならぬ関係って、どういう関係だ」 ・・・意外に俺、生徒会長様と気が合う? でもさすがにそれは遠慮したいなーと思っていると、恭平さん(違和感が・・・)はにこりと笑って、「やだなー。それを俺の口から言わせるの?」と言った。 はい、断固として聞きたくありません。 「それになんだかんだ言っても、キーリィは補佐をやるから」 一言も口を挟まないほうが賢明だと判断した俺は、やはり何を言われても黙っておいた。お前の母ちゃんでーべそって言われても今の俺は黙ってるぞ。 ここは何気に権威のありそうな恭平さん(・・・)に任せておこう。 「大体、姫原だって近くにボディーガードがいた方が安心だろ?」 「って、ちょっ?!ばーーー!!」 「ゴルバチョフ?」 バしかあってねーよ!と律儀にツッコミを入れる余裕すら今の俺にはなかった。 こいつ、さらっと言いやがった。俺がいちばん危惧してたことを! 殺す!! 募る殺意で恭平さんの首を絞めたくなったが、いや、それは後回しだ。 (ばれてしまった・・・!) もうここから試験が始まってるのか?家に帰るまでが遠足なのか? 足りない頭で色んなことを巡らせたが、一見は百聞にしかず。 俺はおそるおそる、斜め後ろに座っている姫原渉の反応を見るため首を回した。 ・・・が、予想に反して、姫原渉はなんの反応も示してなかった。あいかわらずそしらぬ顔でお茶をすすっている。 あれ?俺だけ、肩の力入れすぎてた? ああ、姫原渉にはボディーガードが誰であろうと関係ないのか。 俺はいつもだったら気落ちするするような考えにも安心して、力がふっと抜けた。もしかしたら聞こえてなかったのかもしれない。 何はともあれ、良かった。 ふぅ、と汗の出てない額をぬぐって正面を向き、再び生徒会長様と向き合う。 しかし、その生徒会長様はさっきまでの尊大な態度とどこか変わっていた。 驚いてるというか、びっくりしてるというか、まあ同じ意味なんだけど。 なんでだろうなー?と俺が首を捻ると、さっきまでの威厳はどこやら、生徒会長様は緩慢な動作で口を開いた。 「・・・お前が、俺のボディーガード?」 ・・・俺の? どいつの? * * * この子どこの子こねこの子ーなんて歌(らしきもの)が頭の中をぐるぐるしている。 いや、まったくもって関係ありませんが。 この人、俺のって言いましたよね。 「・・・は?お前、ひめはらあゆむじゃないだろ?」 「・・・俺が姫原だ」 生徒会長様は俺の目を見据えて、はっきりそう言った。 ・・・いやいや、この図体で姫って苗字はないだろう。あ、苗字は選べないから仕方がないのか? 「え?どういうこと?お前が俺の雇い主なの?」 「多分、そうだ」 「だって理事長、写真見せてくれたとき、あの人の写真だったよ?!」 俺は優雅にお茶を飲んでいる偽・姫原渉を指差した。こんなときに礼儀作法なんて構っちゃいられない。 「知らん」 え、じゃあ、何。理事長は命が狙われてるかもなのに、違う奴の写真を見せてきたのか?手違い?それともわざと? っつーか俺、今まで違う奴のボディーガードをやってきたのかよ!あほか! 「お前、クビ」 そんな俺に追い討ちをかけるかのような、クビ宣告。 「なっ、俺なんもしてねーじゃん!」 「食堂でのことを忘れてんのか?」 ふんと鼻で笑う姫原生徒会長様、兼、俺の雇い主が心底憎い。あまりにこれはひどいだろう。というか食堂の一件覚えていたのか。 ああ、なんか頭がごっちゃごちゃになってきた。 「キーリィを解雇にするのは、俺が許さないよ」 からまった頭に、すとん、と響いてきた声。 今まで静かだった恭平さんがいきなり何を思ったのか、胡散臭い笑顔を浮かべて間に入ってきた。今のはヒーロー気取りか、こいつ?悪役のくせに。 「高島には関係ない」 「じゃあ、俺も生徒会やめるから」 「・・・・・・」 なんでこの人は、昨日今日知り合った俺にこんな執着してるんだろう。わけわからん。あ、元から生徒会やめたくて、その口実か。 俺はぼーっと恭平さんを眺めた。なんかもう考えること自体めんどくさいな。 姫原生徒会長様は舌打ちすると、不機嫌そうな顔を隠そうともしないでソファに音を立てて座り直した。 ・・・何も言わないということは、・・・、どういうこと? 「キーリィは俺のおかげでクビを免れたわけだし、補佐決定でいいよね」 「は?!」 「はい、交渉成立」 そう言うと恭平さんはまた俺の頬にちゅっしてきた。周りに人がいてもやるのか。ほんときもいな、この似非外国人。髪も目も黒いくせに。 俺は被害を受けた右の頬を手の甲でごしごしぬぐって、姫原渉と向かい合った。 この展開には追いつけてないけど、どうやらクビは免れた、らしい。希望的推測だけどな。よし!俺なんもしてないけど! 「えー・・・と、そういうことらしいから」 「ボディーガードなんて必要無い」 「まあ、いーじゃん!よろぴく!」 「死ね」 俺のキャラ選択は失敗に終わったらしい。 「姫原。そうは言ってもキーリィは中々の腕前だよ?」 「何も言ってない」 確かに何も言ってないな。 「俺、お前のこと守るから!」 「必要無い」 なんかのアニメのヒーローっぽい台詞を言ってみるけど、効果なし。ここでときめかれても困るが、必要無いの一点張りも困る。 でも必要無いって言われたって、いちばん身近に、いちばん怪しいやつがいるんだもんなー。近くで見張らないわけにはいかない。 そう思うと、ほんとに首尾よくいったと思う。 俺が補佐になることによってクビも免れたし、すぐそばで姫原会長様の護衛もできるし、恭平さんの言動も見張れる。 これがぜんぶ、恭平さんの思惑どおりだと思うと、なんとなく釈然としないけど。胡散臭いし。なんか企んでそうだし。 ま、いっか。 ポジティブシンキングポジティブシンキング!(いいづらい!噛む!) 「俺の名前はワタルだ」 「・・・え?」 「キーリィ、渉でアユムとは読まないよ」 ・・・俺、今ここで頭悪いの披露してどうするよ! あ、だから偽・姫原渉になんの違和感もなかったのか。かわいい顔に、かわいい名前っていう先入観があったもんな。 そういえば。結局この人、誰だったんだ? 「あの、お名前は・・・」 俺は首を反転させて、今まで蚊帳の外だった偽・姫原渉に尋ねた。 「え、俺?小野太郎」 タロー! いつか健吾が言ってた、タローじゃないか! ちょっと感動したよ、俺。やっぱり、名前と顔は別物だなあとしみじみ。 タローでも見目の麗しいやつがいた。全国のタローさんに敬礼。うん、これもあとで健吾に報告しよう。 |