青春パラドックス 8



「フランス革命じゃーー!」

教室に戻るなり俺は「切り捨て御免!」と河合の腹を斬る真似をした。

「は?!いきなり意味わかんねーし」

っつーか侍なのかフランスなのかはっきりしろよとぼやいてる河合は無視。

「裏切り者!」
「あー・・・、あ?お前バッチ返し忘れてんぞ?」
「あ、俺、補佐することになりました」

テヘっておちゃめに付け加えたりして。

「・・・何いいように言いくるめられてんだよ」
「いや、でも今まで生徒会3人でやってこれたんだろ?」

じゃあそんな仕事まわってこないんじゃないかなーと言うと、河合は「そういう問題じゃなくて・・・」と恒例のため息をついた。

「もう俺、お前と一緒にいたくないわ・・・」

おまけにもうひとつため息。
何言われたって俺はしぶとく河合に纏わりつくけどね。



「カルパッチョ!」
「シシカバブ!」

放課後、俺は誰もいないベランダで健吾とテルテルテレフォンをしていた。

「そっちも学校始まったんだろ?」
「おー。デメキン、お前が転校してせいせいしたっつってた」
「まじ?殺す」
「で、ミヤとかがデメキン半殺しにしてた」

ミヤ愛してる!
ちなみにデメキンというのは日本史の教諭(なぜか俺を目の敵にしてた異様に目の飛び出たやつ)で、ミヤというのは俺のダチのひとりだ。懐かしいなー。まだこっちに来て一週間とちょっとしか経ってないのに、ずいぶん昔のことのように感じる。
面と向かって別れの挨拶を告げなかったのにも関わらず、みんな電話とかメールで「死ね!」とか「帰ってくんな!」とか新しい生活を激励してくれた。ほんと、いっぱいいい友達持ったなあ。

「俺って愛されちゃってんのねー」
「そうねー妬けちゃうわー」

健吾のあまりの棒読みっぷりに、笑いが込み上げてきたりして。

「あ、そうだ!」
「あ?」
「貞操の危機にあった!」

電話の向こうでぶっと吹き出す音が聞こえた。

「そりゃあ物好きがいたもんで」
「いきなり襲われてさー」
「さすがホモ高。で、どこまでやられたん?」
「ABCでいうならAだね」
「表現ふるい!」
「べろちゅー」

今思い出すだけでも鳥肌もんだ。あの変態ヤロー。いくら不可抗力だったとは言え。冷静になってくると恥ずかしいものがある。

よし、今度はこっちから仕掛けてやろう!・・・なんか違うか?

「まあ、まだやられてはいないんだな。それ聞いてパパ、安心したよ」
「大人の階段のぼったら真っ先にパパに教えてあげるね」
「いや、パパのために操をたてておきなさい」
「・・・きんしんそーかん?」
「大丈夫。パパとお前は血が繋がってないから」
「血が繋がってなくてもやだー」

そんなふざけたやりとりをしつつ、生徒会の話をしたり、地球温暖化の対策を立てたり、やっぱりテツオの話をしたりして、最後は毎回恒例の意味不明の挨拶で電話を切った。

健吾と電話をするのは楽しくていいけど、故郷が恋しくなって帰りたくなっちゃうのが難点だ。あー、ホームシックー。
俺は澄み渡る青空を眺めて、ちょっとセンチメンタルになってみたりした。



* * *



正式な補佐になってからというもの、俺は放課後になると毎日のように生徒会室にお邪魔していた。(昼休みは河合君とラブラブランデブーだけどね)

「キーリィ、友だちはできたかい?」
「いーえ。お友だちゼロキャンペーン絶賛実施中ですー」

っつーかむしろこのバッチのせいで前以上に周りから疎まれている気がするのは、俺の気のせいですか?
もし、もしもの話だが、俺が生徒会役員に近付きたいと思ったら、まず側近の補佐からじわじわ攻めていこうと思うけどなあ。この学校のやつらはそうは思わないらしい。それ以前にその補佐、つまり俺自体が許せないらしい。
そんなわけで俺はあいかわらず学校中のハブにされていた。シャー!
おかげで四六時中、憎悪や怨念のこもった視線を感じる。ビームとか出てきたら殺されそう。便利だなあ、目からビーム。
ああ、精神的マゾの人がうらやましい。かわってあげたいよ。

「なんで恭平さんに気に入られちゃったのかなあ・・・」

ちょっと自惚れの入った俺の独り言は、あざとくて目ざとくて耳ざとい恭平さんには聞こえてしまったらしい。

「なんでだと思う?」
「え?んー、面食いだから?」
「面食いだったらキーリィのことは選ばないだろうね」

にこにこ。

ちょっとした冗談のつもりで言ったのに真に受けたよ、こいつ。しかもすげー失礼なこと言わなかった?
今のは言葉通り俺への侮辱と受け取った方がいいんですかね。それともちょっと婉曲させて顔じゃなくて中身で選んだのだと?

「どっちにしろ、俺が不細工って言いたいんじゃねーか!」
「そんなこと言ってないよ。俺はキーリィの顔も好きだよ?」

なんかついでみたいに言われると逆にむかつく。俺が捻くれ者だからそう感じるだけかもしれないけどさー。
顔だけがすべてじゃないんだぞー。
顔がよくたって性格がアレな人だっているんだし。・・・ああ、あいつとかこいつとかな。
俺は心の中で具体的な例を挙げて勝手にすっきりした。分かりやすいのが身近にいすぎる。

「時にキーリィ。お菓子をいただいたのだけど食べるかい?」
「あ、たっ、食べる!」
「そこの棚に入ってるからたんとお食べ」

お食べってお前(以下略)と思いつつも、わーいと喜んで俺はお菓子の入ってる棚に飛びついた。そういえば八橋なんて久しく食べてないなあ。(棚に入ってたのは豆大福だったけど。)あ、そうだ、ついでに緑茶もいれよう。そろそろタロー先輩もくるころだし。

と、まあ。



絶対馴染めないと思っていた生徒会に、俺は思いの外、それなりに馴染んでいた。はい。とろとろのどろどろに溶け込んでいます。人間が順応性の高い動物ということを身をもって感じた。




生徒会はまだ一学期ということもあってか行事も少なくて、意外と忙しくなかった。むしろ暇だ。が、生徒会役員さんたちは放課後、いつもこうやって生徒会室に集まっている。
ほとんど会話もないし、3人それぞれ好き勝手なことやってるから集まる必然性も感じないんだけどな。しかも生徒会室にいる間は、ほとんど3人とも勉強している。そこはさすが進学校、と思ったけど。
何気に仲悪いのか?
と勘繰りたくなって、まあ我慢できずにタロー先輩に尋ねてみたのだけど(我ながら人選が最高だったと思う)、そんなこともないらしい。3人でご飯食べに行ったりゲームしたりカラオケに行ったり・・・は無いそうだが(あったら気持ち悪ぃな)、仲は悪くないとのこと。

つまり、この3人は仲が良いわけでもなさそうだ、と俺は勝手に解釈した。



* * *



いきなりだが、俺は図書館とか学習センターで勉強するやつが信じられない。あんな静かなとこで勉強して、なんで笑わないでいられるのだろう。ミステリー。俺だったら笑い死ぬ。その前に追い出されそうだけど。

「じゃあ今日は親睦会っつーことで鍋パーティーですね」

まさに今、その状況に陥りかけてた俺は生徒会役員の3人にそう持ちかけた。何勉強してんだこの野郎。ここは図書室でも学習センターでもない生徒会室であって、勉強するところではありません。
さすがに俺だって受験生のじゃまはしないでおこうと思ってましたよ。でも1週間も持ちませんでした。ごめんなさい。

だけど、自分で言うのもあれだけど、この鍋パーティーの提案はとってもすばらしいと思う。微妙な仲の3人を仲良くさせるため奮闘する俺。泣ける話だ。つーか俺がやなんだけど。結局は自分のためなんだけど。
俺がいるかぎり、やっぱりみんなで仲良くというのが理想的だ。約1名、仲良くしたくないのもいるけど・・・あれ?2名か?3分の2の確率?結構高いな。

とにかく、俺はこの微妙な雰囲気を少しでも和らげたかった。だったらみんなで鍋をつつきあいましょうという話だ。

「キーリィが今以上に俺と親睦を深めたいと思ってくれてるなんて嬉しいなあ」
「無視!」
「で、誰が鍋を持ってるんだい?」
「・・・会長!」
「持ってねーし、何勝手に決めてんだよ。そんなのやるわけねえだろ」
「・・・いけず!会長の池のなまず!」

俺がなまずーなまずーと喚くと会長様はこれでもかというほど眉を吊り上げた。

最近気付いたことだが、俺は嫌われてる相手に構うのが大好きらしい。楽しくて楽しくてたまらない。だから嫌がるのは逆効果なんですよー。俺って生粋のサド?だったらマゾになろうなんて到底無理な話だったな・・・。

「ね、タロー先輩もやりたいですよね?」
「どっちでもいいっていうか、なんでタロー先輩って呼ぶの?」
「あれ?ジョンでしたっけ?」
「違うよ!なんで下の名前で呼ぶのかって聞いてるんだ!」
「俺なりに親しみを込めてですよ」
「まあ俺とキーリィも下の名前で呼び合うけどね、それは親しいというより生涯の伴侶として、」
「死ね変態」

お前は一生黙ってろ。

「で、誰も鍋持ってないんですか?」

沈黙。

よく考えれば、聞くまでもない話だったか。飯はたいてい食堂でとるし、まずこの人たち鍋しなさそうな感じだし(鍋するんだったらグラタンみたいな)、聞いただけ無駄だったかも。

「じゃあピクニックはどうですかね!」
「親睦なんて必要無い」

あ、会長様の一刀両断。

「んーと、誰かの部屋でお泊り会とか!」
「・・・お前」

今までずいぶん高級そうな机で勉強してた会長様が、不穏な空気を纏ってゆっくり立ちあがった。

「なんです?」

ソファに寝そべっていた俺に近づいてきたと思ったら案の定、突然足を振り上げて来た。風を切る音が聞こえる。

「暴力反対!」

まあ、かわしたけどね。

「あ、俺海行って泳ぎたい!」
「・・・・・・」

はーい!と手を上げて言うと、会長様のオーラがますます怒気を含んだものになっていくのが分かった。
あー、おもしろいなあ、会長様からかうの。申し訳ないことに、一応俺の雇い主さんなんだけどね。クビになる心配がないと分かったから、俺も遠慮しないでいる。げんきんですみません。

「まだ泳ぐには早いんじゃないかなあ」

とタロー先輩。

「じゃあ見るだけでもいいんで」
「キーリィは意外とロマンチストなんだね」
「俺、海見たことないんですよー」

俺は約1名を無視して、タロー先輩に向かって言った。

「じゃあ2人で行こうか。キーリィの初体験は俺がいただこうかな」
「誰がお前と2人で行くかっつーか変な言い方やめろ」
「お前じゃなくて、恭平さんだよ」
「あ、そーでしたね。恭介さん」

今わざと名前を間違えて言ったのに「恭介じゃなくて恭平だよ」とご丁寧に訂正して来た。こいつ、つわものだな。



* * *



そして3人は、また一様に勉強を始めてしまった。

鍋は持ってないしピクニックはやだと言うし海に行くのも乗り気じゃないし。

「ヒマだー」

俺はソファにごろりと横になってさらにごろごろ派手に寝返りを打ってみた。高級ソファ(たぶん)なだけあってやわらかくてきもちいい。

「キーリィは勉強しなくていいのかい?」
「え?」
「明後日から実力試験だよ」
「実力試験って実力で受けなきゃだめじゃないの?」
「キーリィがそう思ってるなら止めはしないけど、各教科とも30点以下は追試と補習だよ」
「えっ3人ともいつも30点以下だから今勉強して・・・」
「そんなわけがないだろ!俺たちはいっつも上位だ!」

タロー先輩に怒られてしまった。

「会長ー、俺って免除ですよねー?」
「ふざけんな、死ね」

あ、この言い方、感じ悪い。さっきのこと根に持ってるのかなあ・・・。ん?あれ?今のは免除なしってこと?
まじですか。
これは裏工作でもしないかぎり、確実に全教科赤点だ。

と思っても、今更勉強しても無駄なことぐらい分かり切ってる俺は、早々と勉強することを放棄した。

「ひまー」
「キーリィは文系?理系?」
「一応、理系を選択してます、けど、なんですか?」
「数学ぐらいだったら教えてあげよう」
「頼んでません」
「まあまあ」

と言って恭平さんは膝をぽんぽんと叩いた。
その上に座れと?
顔がひきつるのがわかったが、あまのじゃくな俺は恭平さんの膝にどかっと座った。こんなことして損するのはお前だ!どうだ、重たかろう!

「あれ?いつになく素直だねえ」
「早く教えたまえ」

おもむろに机の上に教科書を開いて、手始めにまず「すーがくてききのうほーって?」と聞いた。別に解からなくても問題ないけど、聞いとけるものは聞いとこう。

「それはね、」
「ぅあ?!」

おもわず体が跳ねてしまった。
いきなり耳にベロつっこんできたよ、この人。きたねー!

「セクハラセクハラ!」
「スキンシップだよ」
「いりませんから!」

切実に!
俺は恭平さんの膝の腕で降りようともがいたが、腰に腕をまわされていてそれは叶わなかった。

「それにセクハラはこういうことだよ?」
「ぎゃー!」

恭平さんはふふふと気持ち悪い笑い方をして(あんたどこのエロ親父だ)、シャツの中に手を入れてきた。異様なまでに恭平さんの手の平は冷たくて、ぞわっと鳥肌が立つ。

「キーリィは敏感だね」
「嫌悪からです!」
「素直になりなよ」
「ぎゃーーー!」
「へえ、腰細いね」
「ぎゃーーー!!」
「うるせえ」
「あだっ!!」

飛んできたファイルが俺の額に見事命中した。投げたのはもちろん、万年不機嫌顔の会長様だ。

俺か?俺が悪いのか?

「悪いのはこっち・・・!」
「うるさいのはお前だ」
「なっなまず!」

どう考えても悪いのはセクハラかましてきた恭平さんだと思うのに。
この生徒会の人たちは屁理屈しかつけないのですかね、ほんとに!

「じゃあ、お使い頼まれてくれる?」
「じゃあってなんの前触れもな、」
「生徒会の目安箱があるんだけど、それの中身をとってきてほしいんだ」

人の話聞けよ。
何か抗議の言葉を言おうと思ったが、その前に遮られてしまった。

「暇暇言ってたし、せっかく補佐になったんだからこれぐらいの仕事はしてもらわないとね?」
「俺、3人が仕事してんの見たことないんですが」
「それは受験生だから」

いやいやいや、受験生だろうとなんだろうと生徒会は生徒会なんだから仕事しろよ。
もはや生徒会なんて名前だけなのか・・・?

生徒会の労働基準法に疑問を抱きつつ、でも暇なのも確かなので、俺はお使いに行くことにした。ショルダーバッグを肩にかけて、ついでに帽子もかぶってみて、気分は町の郵便屋さんだ。


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