青春パラドックス 9



「郵便屋さん、おっとしもの、ひろっおてあげましょ」

いっちまい、にまーいと歌いながら目安箱の中を開けた。

目安箱は校内の5箇所に設置されていて、それぞれ離れた位置に置いてあるから回収するのも大変らしい。

それにしたって、最後に開けたのが3ヶ月も前なんて、まったく怠慢なことこの上ないと思う。
本当に仕事してないんだなあ・・・と、おもわず遠い目をしてしまった。
なのにこんな支持されてるのはなんでなんだろう。やっぱり顔か?顔なのか?

目安箱の中は、案の定、紙で飽和状態だった。

「これ全部読むのか?」

めんどくさそうだなあ、と他人事のように思って(実際、他人事だけど)、てきとうに1枚拾い上げてみた。
補佐なんだから開けてもプライバシーの侵害になりませんよね?
どんなこと書いてあるのか気になって、ペラリと広げてみる。
「芝規里死ね」
うーん。陰険だ・・・。

他のも見てみるが、なんというか「会長好きです!」とかそういうのばかりで(そんなのここに入れてもしょうがないだろ、名前書いてないし)、確かにこれだと目安箱を頻繁に開ける必然性なんて無いなと思った。
まだ「行事増やせ」とか「授業時間短縮しろ」の方が大人気があるぞ。それにそれだったら俺も全力で支援させていただこう。

そんな紙だらけの目安箱の中に、ひとつ、存在感を主張しているかのような高級感溢れる封筒が入っていた。結構分厚い封筒だ。いやでも目に付く。
しかもその封筒は律儀なことに、5箇所のすべての目安箱に入っていた。

これにはちょっと期待できそうだなーと俺はにんまりした。



「どうせくっだらないのしか入ってなかったでしょ?」

生徒会室に戻るなり、タロー先輩は俺のバッグいっぱいに入った紙を見て、ため息と一緒にそう言った。

「まあ好きとか死ねとか死ねとかばっかりでしたけど、なんか怪しいものも入ってました」
「嬉しそうだね」

そりゃあ何か事件があった方がおもしろいですから、と思ったけど口にはしなかった。不謹慎かもしれないが、ボディーガードとしてきた以上なにかないと暇なんですよね。

俺はハサミを持って「開けていいですかー?」と聞きながら勝手にチョキチョキ封筒を開けていった。

そして入ってたものは。

「うわあ・・・」

これってアイドルのプロマイドかなんかですか・・・?

うーん、絶妙なアングル、とか写真評論家の気分になってみたり。いかんせん、被写体が微妙だったけど。
開けた方も「・・・」な気持ちにさせてくれるそれは、会長様の写真集だった。
集と言っても本になってるわけじゃないけど、いや、実際これをアルバムに収めたら5冊ぐらいできそうだ。
それぐらいほんとたくさんの写真が入っていた。もちろん全種類違います。コレクターにはよだれものです。レアものもあるんじゃないですかねー。
絶対いらない。

「会長ー、熱烈なラブコールですよー」

俺はババ抜きするときみたいに写真を持って、会長様に見せた。
吊り上げられる眉。確かにこれは気持ち悪い。

「他に何か入ってたか」
「いえ、写真だけ。差出人も不明です」

どの写真も、まさに「隠し撮り!」って感じだった。
こんなもの目安箱に入れてどうするんだろう。古くなったからあげますってか。それとも、きれいに撮れたので焼き増ししましたって?
どれも違うな。さすがの俺でもわかるぞ。これはストーカーだ。
わたしはこれだけあなたを見てます!っていう主張。ああ、でもこの学校男子校だったっけ、そういや・・・。あるのかな、そういうこと。共学でもないと思うけどさ。
焼き増し代も大変だっただろうに。

「この写真どうします?」

コルクボードにでも貼っときます?売りさばいちゃいます?と尋ねたら、会長様は「念のために保管しとこう」と言った。
保管とかなんとか言っちゃって、実はナルシスト?自分で写真眺めちゃうんじゃないの・・・?

俺のその疑いの目に気付いたのか、会長様は更に顔を顰めて「証拠品として残しておくだけだ」と言った。

「ストーカーなんて立派な犯罪ですもんねえ。しかも学校内で・・・」

自分で言ってて、ん?と思った。

は、犯罪・・・!



* * *



そして翌日。

俺と河合が食堂に行くのに席を立った、ちょうどそのときだった。

「ちょっといい?」

この学校来てから話し掛けられるの初めてなんじゃね?
なんて悲しい考えを打ち消して(そんなさびしい学校生活いやすぎる)、顔を上げるとそこにはタロー先輩並に可憐な少年たちが立っていた。いや、男相手に可憐もなにもないが。

「はい?」
「ちょっと来て」

とヒトコトだけ言ってさっさと歩き出す少年たち。ついてこいってことだよな?
まさかこんな可憐な少年たちから呼び出しくらうなんて。俺、しめられちゃうの?それとも告白?ついに俺にも春が・・・考えて切なくなってきた。ここ男子校だって。ああ、そういう考えも今更か・・・。

「おい、芝」

よし、ついてってやろーと思って足を踏み出した瞬間、珍しく真面目な顔をした河合に腕を掴まれた。

「なに?いっしょにきてくれんの?」
「いや、あいつらには変に手を出すなよ」

なんだ、いっしょにきてくれないのか。
しかも河合すら知ってるってことは、この少年たちは有名人ってことかもしれない。俺はちょっと不安になってきていた。あまり有名な方とはお知り合いになりたくない。



不躾な視線をあびながら可憐な少年たちのあとをついてくと、人気のないところまで連れてこられた。これってやっぱりいじめくさい。典型的すぎて疑う余地も無い。
さてどうしようかなーと考えて頭をかくと、急に1人の少年が俺を振り向いた。と思うと次々に振り向き始める少年たち。うーん、決まってる。かっこいー。

「お前、生徒会の皆様に近づくな」
「へ?」
「補佐やるなんて図々しいにもほどがある」

いや、こんなとこまで呼び出すあなたたちのほうがよっぽど図々しいんじゃ・・・と思ったけど、口を噤んで黙っていた。俺にだってそういう軽口を挟める状況ではないことぐらい分かっている。たぶんこの人たちはちまたで噂の生徒会に酔狂してる方々なのだろう。
それに陰口たたかれるより、こう正面堂々と言われる方がやっぱりいいしな。

「どうやって高島様を誘惑したんだ?」
「さ、さま!」

ゆうわく!

おもわず口元を押さえる俺。
今のはすっげーおもしろかった。同じ高校生に様付けって。しかもすごい自然に言いましたよね?あなどりがたし、美少年ズ。

「ばかにしてんの?!」
「いや、滅相もございません」

むしろそのおもしろさ、見習いたいぐらいです。

「もう生徒会に近づかないでよね。目障りだから」
「いや、でも俺、一応補佐なんで・・・」

近づくなとか目障りとか言われてもどうしようもないよなと思っていると「お前みたいなのが補佐やってるなんて虫唾が走る」とまで言われた。虫唾が走るって言葉、始めて聞いた。すげー。さすが進学校。

しかし、なぜ俺が今ここに呼び出しをくらったのか、見当が皆目付かない。

「えっと、なんで俺をここまで呼び出したんですか?」
「忠告だ」
「いや、そうじゃなくて、なんで忠告を」
「目障りだからって言ってるだろ」

埒が明かない。俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて、なんで生徒会に近付いただけで呼び出しされなきゃいけないのかってことだ。

「あ、もしかしてあんたら生徒会というか、生徒会の誰かが好きとか?」
「なっ!」
「会長?」

ニヤニヤして聞いたら、案の定少年たちはみるみる顔が赤くなっていった。
もしこいつらが恭平さんのことを好きなんだとしたら、生徒会じゃなくて恭平さんに近付くなって言ってくるだろうし、昨日の事もあったから会長様に近付いたとかで因縁つけられることはありえるかもしれないと思ったら、正解だったらしい。ピンポーン。
顔赤くしちゃってー。うぶだねー若いねー。あんたらいくらかわいくても男だけどねー。

「でも俺、高島恭平の補佐なんだけど」

恭平さんのファン(いたら相当頭狂ってるな)だったらともかく、会長様のファン(いや、これにしたっているのおかしいんだけど)にしめられるのはいかがなものかと思う。

「た、高島様を呼び捨てにするな!」
「身の程をわきまえろ!」
「それにしたって姫原様に近づいたことは変わらない!」

やっぱり様付けはおもしろいな・・・。笑っていい状況じゃないとは分かってるのに、抑えようと思えば思うほど、笑いがこみ上げてくる。身の程をわきまえろって言葉もおもしろい。

「俺、別に会長となんもないですよ?いっつも死ね死ね言われてるし」
「お前と姫原様が何かあるなんて思うはずないだろ」

はいはい、この学校の基準は顔でしたね。

「あ、そうだ。あんたら会長の補佐になればいいじゃん」
「そんな軽々しく言うな!」

怒鳴って来たかと思うと、いきなり伏し目がちになって「それが簡単にできれば僕だって・・・」と唇を噛んで言ってきた。わあ、おとめ!

「じゃあ俺から会長に言っておきますよ」

そんな健気な姿に心打たれてしまった俺は、気付けばそう言っていた。

「あ、でも返事はあんまり期待しないでくださいね」
「お、お前の力なんか借りない!」

どうやらとことん嫌われているようです。

「ばかにしてっ!」

一番近くに立っていた少年が手を振り上げたきた。俺は避けようか一瞬逡巡して、やっぱり打たれとくことにした。こういう場面では殴られとくのが妥当だ。

頬に軽い衝撃。

たぶん人を殴ったりしたことがないんだろう。平手打ちだし、痛くない。

「分かったな!」

え、俺なんも分かってないよ?
と思っている俺を1人置いてって、捨て言葉を最後に少年たちは背を向いて足早に帰って行った。
あれ?今の1人で終わり?しかもダメージをそんな受けてないという。
まあリンチされなかったんだから良かったことにしよう、と拍子抜けしながらも俺はそう結論付けた。

あ、そういや前、恭平さんが生徒は補佐に手を出せないって言ってなかったっけ。おもいっきり出されたぞ。あの人やっぱり信用ならない。



* * *



美少年ズが去った後、俺もほどなくして食堂に向かった。地図を暗記しといてよかったなーと複雑な廊下を歩きながら思った。

「河合ー、さっきの人たちなんだったの?」

あいかわらず日替わり定食を食べている河合の隣に座って聞いた。

「親衛隊だよ」
「は?少年隊?古くね?」
「前から思ってたけど、お前って耳悪いよな・・・」
「はあ、で少年隊ってなに?」
「生徒会を守ろうの会?」
「会が二個あって言いづれえ」

思ったままの感想を述べると、河合君はひじきをつまんだ箸を宙に浮かせたまま、はあと溜息をついた。

「お前なんかされた?あの人達生徒会に心酔してるから」
「なんで同じ高校生に心酔すんだよ。意味わかんにゃい」
「この学校に毒されてるからだろ」
「ああ・・・」

妙に説得力のあるお言葉だ。

「で、なんだって?」
「生徒会に近づくなってことだったのかね」

河合の食べてる日替わり定食についてた味噌汁を勝手に飲みながら答えた。久しぶりに味の濃いもの食べたな。



放課後。俺が向かったのはやっぱり生徒会室だった。

「会長もタロー先輩も補佐つけたらどうです?」

少年隊の仕打ちなんてもうまっぴらな俺はそう訊いた。2人だって俺が補佐になって以来色んなやつに言い寄られて面倒になってるはずだ。

「いらん」
「・・・タロー先輩は?」
「俺は、もう決めてるから」
「え!」

驚愕の事実。恭平さんが勝手に俺を補佐に任命したとききゃんきゃん吠えてたのに・・・。うそつき!人間不信に陥りそうです、俺。

「あ、タイミングをはかって任命するってことですか?」

それならありえそうだ。
恭平さんはいきなりだったもんな。当事者に説明してなかったぐらいだし。
思い出して、なんだかひどく懐かしい気持ちになった。毎日色んなことがあるようでないから、1日が長く感じてるってことかもしれない。

「小野、聞いてない」
「言ってなかったもん」
「誰だ」
「その人の許可得るまで秘密」

ん、なんでこんな会長必死なんだ?まさか、新しい恋の予感・・・!
教会の鐘の鳴る音が聞こえた気がした。こんなバイオレンスな人でも好きな人相手には必死になるんですね。ああ、でもタロー先輩には想い人がいたと。
会長様の失恋現場を見てしまって、申し訳ない気分になった。かわいそうだから誰にも言わないでおこう。

「あっでもそういや前食堂で誰かと腕組んでたじゃん。浮気!」
「キーリィ、それは姫原の遊び相手というやつだよ」
「あ、あそび!」
「詳しく言うならセックスフレンドというのかもしれないね」
「ふしだらだ・・・!!」

高校生のくせに!
今更、男相手にセフレ!とは言わないでおく。そのせいで会長様と初対面のときに殴られたり蹴られたりしたんだしな。一応、俺も学習する動物だというわけですよ。

「あ、でもじゃあ会長は補佐に推薦しようとしてるやつはいないってことですよね」
「補佐なんか必要ない」
「うちのクラスに河合っていうすっげー補佐に向いてるやつがいるんですけど」

どうですか?と続くはずだった言葉は、会長様の襲撃によって妨げられた。ぎりぎりのところでソファから飛び降りて回避する俺。なんだか毎日恒例になってる気がする。

「キーリィも無駄な動きがなくなってきたねえ」
「慣れてきましたから!」
「・・・・・・」

憎らしそうに俺を見てた会長様は、今は無人のソファをおもいっきり蹴り上げて生徒会室を出て行ったしまった。
失恋したからってその態度はよくない。

「あーあ。ほかに補佐がいないと俺がいじめられる対象になるんですよねー」
「え?いじめられたの?」
「生徒会に近付くなと言われました」

そう言うと、恭平さんは手を顎に持ってって「へえ・・・」とよくわからない言葉を呟いた。楽しそうでいいな。困るのこっちなんですけど。


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