青春パラドックス 10



犯罪まがいのストーカー。これこそ待ちわびてやっと訪れた、格好の事件じゃないだろうか。
ストーカーの手から会長様を守るべく、俺はこっそり隠れて行動し始めていた。ばれたら会長様が何を言い出すかわからない。
それにしても、クライアントとボディーガードがこんなにまったく意思疎通してなくていいものなのかなあ・・・。



理事長に連絡をとった俺は、指定された場所に向かった。無論、理事長室なわけだが。

「首尾よくいってるかい?」
「ええ、まあ。理事長の息子さんがあんなに大きく育ってるとは思いませんでしたけど」

皮肉を込めてそう言うと、理事長はただにこにこと笑うだけだった。あの写真はどうやらわざとらしい。まったく、命を狙われてるからってボディーガードを雇ってるというのに呑気なものだ。

「それで?」
「全生徒の個人ファイルをいただきたいのですが」
「分かった」

あれ?
個人情報やらプライバシーやらがうるさい今、断られる可能性も考えていた俺は、意外とすんなりいった交渉に驚いた。そんなものなのか。

「後日改めて送ろう」
「ありがとうございます」

用件も終わったし、さあ帰ろうかなと腰を浮かせたところで「芝君」と呼び止められた。

「芝君は、生徒会の補佐をやっているらしいな」
「ええ、そのようですね・・・」
「息子とそんな近くにいて、解雇されない者は初めてだ」
「はあ、」

それも成り行きですけどね・・・。

「期待してるよ」
「あんまり期待に添えられないとは思いますが、頑張らせていただきます」

では失礼しますとお辞儀して、俺は理事長室をあとにした。



* * *



実力テスト一日目。今日の科目は古典、物理、地理だった。

昨日、河合に「お前勉強してんの?」と聞かれ正直にしてないと言ったら言ったで呆れられて、「これぐらい読め」と参考書を渡された。『あからさまであとちょっと』?わけわからん。
ほんと河合君は世話焼きだなあ。いい意味で。

だがその河合君のがんばりもむなしく、俺は1時間目の古典から全くちんぷんかんぷんだった。漢文なんて3行読むだけで自然とまぶたが落ちてくる・・・なんだろうこれ、新種の病気?いくら読もうとしても、3行目から一向にすすんでない気が。俺のテスト用紙になんかの魔法が施されているのだろうか。

とりあえず埋められるとこだけ埋めて、残った時間は恭平さんに教えてもらったケーニヒスベルグの橋とやらを解くことにした。
それからも休み時間の度に河合が物理の公式やら地理のノートを見せてくれたが、まあ古典同様ごめんなさいという感じだ。

「芝、どうだった?」
「おー」
「え、できたのか」
「おー」
「いや、わかんねーし」
「おー」

せっかく教えてくださったのにできなかったと言うのも良心が痛むので、うまくはぐらかしといた。



そんなこんなで生徒会室に行かない日が3日続いた。(河合が無理矢理学習室につれてくから俺は呼吸困難に陥った。それを見かねたのか今度は寮の部屋に戻ってスパルタ教育が始まった。おかげで会長のボディーガードもろくにできなかった。まったくついてない3日間だった)



「恭平さーん、ケーニヒスベルグさんまったく解けませんでしたー」
「ケーニヒスベルグは人名じゃなくて島の名前だよ」
「どうやったら解けるんですか?」
「ああ、それは答えがないから、」
「死ね」

俺の3日間を無駄にさせやがって。死を持って償え。

俺は久しぶりに訪れた生徒会室であいかわらずせんべいをばりぼり食べながら、そんな会話をしていた。あれ、せんべえだっけ?まあ、どっちでもいっか。ばりぼり。

「ところでその大量のカメラはなんだい?」
「え、撮影しようと思って」
「脱いだ方がいいのかな?」
「いや、あんた撮るわけじゃないんで」
「あんたじゃなくて、恭平さん」
「はいはい、恭一さん」

軽くあしらって、カバンからどさっと使い捨てカメラを出した。こんだけ量があると大変だなーと思いつつ、機械的な動作で次々に封を開けていく。そして机に積み上げられていく使い捨てカメラとそのゴミ。

「でもいきなりどうしたの?」
「あ、タロー先輩」
「アルバム委員にでもなった?」
「いや、同じことすれば物好きさんの気持ちが分かるかなーと思いまして」
「ものずきさん?」
「あ、望月さんでした」

あぶねー。俺が会長のストーカーを見つけ出そうとしてることは、生徒会の皆さんには極秘事項だった。
会長がいないのをいいことに、さっきこっそり引き出しからストーカーの撮った写真を拝借させていただきました。
ストーカーからの写真を見つけて以来目安箱をこまめに開けることにしているのだが、そのつど高級封筒に同封された会長の写真が入っていた。あまりの熱心なストーカーっぷりにこっちはドン引きだった。しかしずっと引いてもいられない。こっちも暇なんでね。

とりあえず俺の作戦は、ストーカーと同じ行動をしよう!ということだ。会長の写真を物陰から撮ってれば、そのうちストーカーの行動パターンが分かるかもしれない。グッドアイディーア!

それにしても、自分の写真を自分の引き出しに保管してるなんて、やっぱりナルシストなんじゃないですかね。うちの生徒会長様は。
自分の写真を見てにやける会長様を思い浮かべて、俺は心底微妙な気持ちになった。



* * *



俺はベッド脇のスタンドをつけて、理事長からいただいた全校生徒の個人ファイルをぱらぱらめくっていた。破壊的な記憶力だし、こんな証明写真みたいな顔写真(しかも無愛想)で500人ちかくものやつらを覚えられるとも思えないが、ストーカーやら少年隊のこともあったし、今後のことも考えてボディーガードだったら生徒の顔と名前を覚えておいても損はないだろう。
できるかぎりがんばろー。(おー)あ、どいつもこいつも同じ顔に見えてきた・・・。見分けつかねー・・・。

そんな感じでうつらうつらしながらも、俺は脳みそをなんとかフル活動させた。

授業中に暗記するのが一番の時間の有効活用だと思うけど(いっつも寝てるかパズルやってるかだし)、これを持ってるのを一般生徒に見られたらさすがにまずい。だからと言って、俺がボディーガードということを知ってる3人のいる生徒会室も微妙だ。俺はやっぱり恭平さんを信用していない。こっちの動きは極力知られたくないというのが実際の本音だ。いつかこれが役に立つかもしれない。

欠伸を噛み殺して、3年1組1番の調査票から読み始めた。



* * *



「さぶー」
放課後の会長様撮影会がやってきました。参加者は俺1人。
使い捨てカメラをごっさり詰め込んだショルダーバッグを肩からさげて、俺は屋上から生徒会室にいる会長様を見つめていた・・・って言葉の使い方が違うな。きもー。
この5日間、こんな風に俺は屋上から背後から反対側の塔から、色んなところから会長様の写真を実験的にいっぱい撮ってみた。それはもう、ストーカーに負けず劣らずの莫大の量を。
いかにばれないで隠し撮りをするかが課題だったが、会長はこれでもかっていうほど気付いてないっぽかった。だからストーカーにも気付かないんですねー。にぶちんなんですねー。

さてこんな行動を今日でもう5日ちかく続けてるわけだが。

「全然わかんねー」

空を仰いでため息をついた。
ストーカーと同じことをしたって気持ちなんて分かるはずなかったのかなあ・・・いやいや、諦めるな、俺!
首を振って奮い直し、カメラを再び構えた。
このときストーカーは何考えてるんだろう。「えへへ、今日も会長様はすてきんぐー」とか?そういえば恭平さんがこの前言ってたけど、セフレっていったい・・・。会長様はどっち役・・・って考えちゃいけないな!深読みは厳禁だ。考えたって自己嫌悪に陥って損するのは俺だけなんだし。ボディーガードをするときもそういう現場には赴かないように気をつけなければ。
しかしなんつーか、これじゃ俺がストーカー・・・。なんで俺が男の隠し撮りを・・・・・・考えるな!正気になったら負けだ!
とりあえず無心で撮ろう。あ、無心じゃ意味ないか。



そんな堂々巡りを日が落ちるまで繰り返したけど、結局今日も収穫は何ひとつ無かった。一応、会長の引き出しから拝借した写真と同じアングルからも撮ってみたりしたが、手掛かりとなるようなものは無かった。

会長様ウォッチングに飽きた俺はぺたんと腰を下ろして、昨日現像したばかりの写真を広げてみた。 こんなところ誰かに見られたら卒倒ものだ。あ、もちろん俺が卒倒ね。
会長様ばっかり映ってる写真なんてまったく面白味にかけるが、もしかしたら何らかの発見があるかもしれないからっつーことで辛抱強く1枚1枚チェックしていく。 これ少年隊に売ってやろうかなあ・・・とかぼんやり考えていたところ、ひょんなことに気が付いた。



* * *



「お前がストーカーだ!」

現行犯で逮捕する!と言って手錠をしめた。ガシャン。



* * *



「最近、生徒会室に来ないけど、どうしたんだい?」

久しぶりに生徒会室に訪れたら、さきにいた恭平さんに開口一番でそう言われてしまった。

「どうせ補佐の仕事なんてないでしょう」
「補佐は任命した生徒会役員と一心同体って規則で決まってるんだよ」
「規則は破るためにあるんです」

へりくつでそう言ったが、恭平さんはただ笑うだけだった。さすがへりくつだけで生きてる人だ。

「姫原のボディーガードもしてないようだけど、いいのかい?」
「いえ、ちゃんとそれはしてるんで」

俺は得意げに、不敵な笑みを浮かべて答えた。
確かに前みたいに会長様の傍らでボディーガードしてるわけじゃないけど、ちゃんとこっそりやってるんです。



ことの発端は俺の撮った写真だった。



ピンボケでも分かる、同じやつの影。それが結構たくさんの写真に写っていて、しかも視線は会長様を見てることが多い。
あやしいと感じた俺は即行で行動に移した。偶然にも容疑者は3年1組1番のやつで、調査票を調べた後だったから身元もバッチリだった。

そして調べれば調べるほど怪しくなる、芦田稜容疑者。
芦田を尾行すると、なぜかしょっちゅう会長様のあとを隠れてつけていて(でかい図体のくせに!)、芦田が会長を隠し撮りしてる現場は確認できなかったが、こいつがストーカーだと俺は断定した。
しかも見比べてみると、俺の写真ではこいつを何枚も確認できたのに、ストーカーから送られてきた写真にはこいつは1枚も写っていなかった。 これこそ確固なる証拠だ。

そんなわけで、俺はこいつを早速捕まえることにした。
放っておいて会長様に危害を加えられたりしたら大変だ。

もしものときのために手錠を買っておいたし(これはあとで楽しめそうだ。寝てる河合に試してやろう)、カッチョメン再びってことでいつものお面を装備したし、準備は万端だ。今日の気分は銭形警部とショッカーのコラボレーション。うーん、共通点が見当たらない。



そして今。芦田稜が一人になったところを、背後から捕獲。

「観念しろ!」

いきなりのことに驚いたのか、芦田は身を捩ったがそこは俺の力で抑える。声を出されないように口元も押さえた。

「お前が目安箱に写真を置いてったやつだろう」
「・・・・・・」

なんとか言え!と調子に乗ってきた俺は警察官を気取って言おうと思ったが、俺が口を押さえてるからこいつは喋ろうとしても喋れないということに気付いた。盲点。

「余計なことを喋ったら殺す・・・ことはできないから、殴る」

俺は果たして警察官なのか?と思い始めてきた。この体勢といい科白といい、どっちかといえば強盗犯な気もする。・・・まあ今はそんなことを考えてる暇はない。
ゆっくり芦田の口を押さえていた手をはずした。

「・・・なんの話だか、分からない」
「ふざけるな。お前、会長をストーカーしてただろ」
「知らない」
「嘘だ。俺はお前を尾行してたから知ってる」
「・・・芝規里か?」
「!」

俺の動揺した空気が伝わったのか、芦田は淡々と続けた。

「目安箱の中身は生徒会役員しか見れないはずだ」
「・・・・・・」

だから頭の回転の早いというか、冷静な判断のできる奴は苦手だ。いや、ただ単に俺がマヌケなだけか?ああ、俺がマヌケなだけね・・・。



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