青春パラドックス 11 あっさりばれてしまった。 誤魔化すのが下手だと充分自覚している俺は、潔く認めることにした。認めたからって法に触れるわけでもない。むしろ法に触れてるのはこいつだ! 「だったらなんだ」 「俺はストーカーではありません。姫原家に仕えている者です」 「え?」 いきなり敬語? 「今は渉様のお目付け役と言ったところの」 じゃあ、なに。 会長様の後をつけていたのはお仕事中だったってことか? ・・・ん?会長様のストーカーからの写真に写ってなかったっていうのも、 会長様のストーカーをさらにストークしてたってことか? ・・・頭がこんがらがってきた。 「・・・俺、バカだから信じるよ」 「あなたは馬鹿ではありません」 ・・・いきなりお世辞言われると、面食らうんですが・・・。 バカじゃないなんて言われるの、初めてだ。しかも初対面の人に。いや、普通初対面で頭いいとか悪いとか分かんなくね? 芦田の言うことを信じていいのか疑うべきか、まだ俺は思案していた。しかし、ここで手錠をはずしてもすぐに捕らえる自信はある。 「あなたのことは、姫原理事長から聞いています」 「…あ、そう」 聞いてなかったのは俺だけか? 俺にも教えてくれたらよかったのに・・・とちょっと理事長を恨んで、俺は芦田につけていた手錠をはずした。 勘だが、この人は違う。 数秒の沈黙。 痛い。 この沈黙、痛いよ! 「あのー、なんか勘違いして、すみませんでした」 俺は芦田・・・さん、一応さん付け、と向かい合って、まず深々と頭を下げた。 いきなりストーカー扱いされたらさすがに誰でも怒るだろう。手錠までかけて。もしかして俺ってかなり痛い人?ああ、痛い痛い。 「いえ、俺も疑われても仕方がない行動していたので」 「い、いい人だー・・・」 俺には芦田さんが観音菩薩に見えてきた。背中から手が何本も生えてるみたいだ。なんだか柔らかい雰囲気を纏ってるしほわほわしてるし、絶対この人いい人。はい、げんきんでごめんなさい。 「・・・お面をはずしてもらってもよろしいですか?」 「あ、はい」 そういえばお面つけてたんだっけか。礼儀がなってないな、俺。 「ところでストーカーとは?」 「あ、それは」 かくかくしかじか。 俺は芦田さんに、目安箱に入ってた怪しい写真のことを話した。会長のお目付け役だというなら、知っておいた方がいいだろう。それにもしかしたら、芦田さんもなにか知っているかもしれない。 「芦田さんは怪しい人を見かけませんでしたか?」 「渉様のまわりは怪しい者ばかりですし、カメラを持ってる者もよく見かけますので」 「怪しい者って・・・高島恭平とか?」 「え?いえ、彼はまったく」 高島恭平の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。芦田さんは何を言ってるか分からないといった感じで首を傾げた。 「まずそれはないと思います」 「なんで?」 「渉様がこの学校に入学されてから2年の間仕えていますが、彼の動きに特別なところは見られませんでした。それに彼は渉様ともう10年の付き合いだと聞いています」 「じゃあ会長のまわりにいる怪しいやつっていうのは?」 「親衛隊をご存知ですか?」 「いえ、初耳です」 それに似た言葉なら聞いたことある気がするけど、なんだっけ。 「この学校の特有で、渉様を始めとする見目の良い者には、彼らに酔狂する親衛隊という団体が存在します」 「ああ、少年隊みたいなものか」 「? それは分かりませんが、そのストーカーも渉様の親衛隊の誰かである可能性が高いかと」 「なるほど!」 俺は手の平をぽんと叩いて、いかにも古典的な古い動きをした。無意識でやっちゃうんだよなー。死語とかだいぶ好きらしい。 * * * 「その件については、俺も調べさせていただきます」 「っつーかなんで敬語なんですか?」 真面目な話が続いたから聞くタイミングを逃してたが、ずっと気になってしょうがなかった。芦田さんは俺よりも年上のはずだ。 「芝様は、渉様のボディーガードですので」 様付けで呼ばれるなんて初めてだぞ。あ、飲食店に行ったときとか順番待ちで呼ばれたことが・・・なかったな。ふざけて『かみ』とか『おてんとー』って書いちゃうからなあ。 俺の様付け問題はともかく、少年隊が姫原様っつったときは違和感を感じたのに、この人が渉様って言ったときはそんな違和感を感じなかったことを思い出す。んー、偉大な人だ・・・。 でも、なんで俺がボディーガードだからって敬語を使う理由になるんだ? 「それとこれは関係ないと思うんですけど」 「いえ、」 「芦田さんは俺に仕えてるわけじゃないし同等な立場っつーか、むしろ芦田さんの方が経歴が長いし、俺よりも上だと思います」 俺は恭平さんといて、ますますへりくつになってしまった気がして落ち込んでいたが、それを今使わないでいつ使う。 「それに芦田さんに敬語を使われるのは、ちょっと微妙なんで」 さすがに年上で身長も10センチはゆうにでかい人に様付けやら敬語を使われると、こっちも気まずいというかなんというか。 「芝様がやめろとおっしゃるなら、やめます」 「いや、そうじゃなくて。芦田さんだって微妙じゃないですか?」 「いえ、そんな」 「微妙ですよね!」 「・・・はい」 「あと様付けもやめていただきたいです」 「芝さん?」 「芝で」 「それはちょっと・・・」 「じゃあ殿は?芝殿」 「それなら」 冗談のつもりだったが、芦田さんは真顔で頷いてきた。この人絶対天然だー。 「・・・やっぱり短い方が呼びやすいですよね?芝だったら2文字ですよ。大セールですよ」 「そんなことは」 「俺も芦田大明神様って呼びますから」 芦田御代官様でもいいですよ?と付け加えると、芦田さんは思案顔をになって数秒思索に耽っていたようだったが、しばらくして「・・・芝君、はどうでしょう?」と尋ねてきた。 「・・・まあ、それなら」 俺は自分でも何様か?と思ったが、渋々頷いた。 「芝君は俺の名前も調べてたんですね」 「あ、敬語!」 「すみません、ちょっと慣れるのに時間が必要みたいです」 「慣れるも何も、初対面じゃないですか」 「まあ、そうなんですけど・・・」 つかさず突っ込みを入れると芦田さんはただ困ったように笑うだけだった。天然だ。 ほんと癒されるわ、この人。 いいな、癒し系・・・。 俺はぎゅーっと芦田さんに抱きついてみた。 「な、んですか?」 「チャージー・・・」 この学校に来てから初めて和んだ気がする。 ああ、俺、気が張ってたんだな。 意識すると、なんか、だめだ。 俺はとっさに顔を伏せて、抱きつく腕に少し力を込めた。 すると頭に、そっと優しく撫でられるような感触が伝わってきた。 やばい、泣きそうだ。 「芝君はこれまでに来たボディーガードより優れてますよ」 「・・・え?」 「俺の存在には誰ひとり気付きませんでしたから」 ストーカーと勘違いしてただけなんですけどねー・・・。 「一応、褒め言葉とあずかっておきます」 「そうしておいてください」 俺は芦田さんから離れて、顔を伏せたままお面をもう一度つけた。 「芦田さんもストーカーのことでなにか解ったら教えてください」 「わかりました。芝君もなるべく無理をなさらないでくださいね。何かあったら俺のところに来て下さい」 「・・・ありがとうございます」 俺は頭を深く下げて、お面をつけたまま長い廊下を歩き出した。 * * * 「やばいよ、河合」 3週間前にやった実力テストの結果が返ってきました。 各教科の解答用紙は授業中に返されていたから点数が絶望的なのは知ってたんだけど、まさか最後の最後に逆転満塁ホームラン?俺MVP?といった感じだ。 「ビリじゃなかった!」 「当たり前だろ」 「河合君ってば俺の非凡な才能に気付いて・・・!」 「テストのときに1日休んだとかで総合の点数とれてない奴もいるから」 「え?そんなのいるの?」 「だから3日間受けた奴の中だったら、お前が断定最下位に違いない」 「違いますー俺のじつりきですー」 「ジツリョクな」 呆れ気味の河合君が「各教科の順位見てみろよ」と言うので左の現代文から順番に見てみる。ワンツー・・・スリー、フォー、フィニッシュ!もちろんビリの。 「あれま」 「確かに非凡だったな」 「いや、数学でカバーでき」 「てねーよ、馬鹿」 手元にある偏差値やら順位やらが書いてある紙には、数学以外のすべての数字が赤くなっていた。つまり数学は平均点以上をとったってことらしい。逆は考えないでおこう。 今、俺と河合は偶然ゲタ箱のところで運命的な再会を果たし、寮に向かっている途中だ。 ちなみに俺は生徒会室でだらだらしたあとの帰りだったが、まじめな河合君は図書室で勉強していたらしい。まったく気が知れない。 「まあ俺より数学とか物理できないやつがいるんだから、この学校もたいしたことないなー」 「どの口がそれを言う。現文古典英語化学地理で補習のくせに」 「数学と物理は違うから!」 「無駄にポジティブだな・・・」 「ポジティブに無駄も有益もないだろー」 俺がそう言うと河合は大きなため息をついた。でもポジティブっていい意味ですよね?少なくとも俺はそう解釈している。 「あ、このまま食堂行かね?」 「せめて荷物置いてからにしろよ」 「河合君のせっかち!」 「それはお前だろ」 なんてやりとりをしながらも結局部屋に戻って、荷物を置いたり着替えたりしてから、食堂に向かった。 「河合君の今日の夕飯はA定食ー」 勝手にプリペイドカードを入れて、ピッと食券を買った。 「ばっ、お前なに勝手に押してんだよ!」 「俺はかけそばー」 「シカトか!」 シカトです。 ちなみにA定食っつーのはボリュームもプレイスもエクスペンシブというリッチマンが食べる定食のことだ。(英語を勉強した成果が出てると自分でも思う) 「うわあ河合君ったら俺におすそ分けするためにそんなセレブなのを!」 「いっぺん死ね」 「あ、芦田さーん!」 「シカトかよ・・・」 俺はうなだれる河合を無視して、食堂の入口にいた人に大きく手を振った。遠目でも分かる、これが愛のパワーというやつだ。(ただ単に芦田さんがでかいからとかじゃない)ぶんぶん振ってたら芦田さんも気付いてくれて、笑顔で手を振り返してくれた。やっぱいい人! 「・・・あしだ、さん?」 「え、知ってんの?」 河合は友だちもいないしモグリだと思ってたけど、少年隊とか生徒会のこととかも知ってたから意外に情報通なのかもしれない。 「知ってるも何も」 「あ、から揚げちょうだい」 「聞く気がないなら話さない」 「すみません」 「っていうか、なんでお前が芦田先輩と知り合いなの?」 「んー、類は友を呼ぶ?」 「・・・よくわかんねーけど、またお前は厄介なのと知り合いになりやがったな・・・」 「芦田さんのどこが厄介なんだよ?」 あんないい人のことを厄介者扱いするなんて、許さない。 俺は河合を睨んで、A定食のメインのハンバーグを一口で半分食べてやった。うめー。 「ほんっとに、お前は・・・」 「で、芦田さんがなに」 「いや、あの人3年の学年主席らしいし見た目もいいだろ?だから親衛隊やらが関わってくるんだよ」 「え?芦田さんにも少年隊があんの?」 俺も入ろうかなーと言ったら、河合が口に運ぼうとしてたポテトをテーブルにぽとっと落とした。 「3秒ルール!」 「はいはい。で、マジで言ってんの?」 「だって芦田さんかっこいいじゃん」 「でも芦田先輩はそーいうの大嫌いで、」 「やっぱやーめた」 「はやっ」 いくら芦田さんのことが好きだからと言って、嫌がることをしてはいけない。うーん、それに会長様の見目麗しい少年隊を見る限りじゃ、どうやら入隊制限があるみたいだし。俺じゃ顔で一発落ちるだろうな・・・。 「芦田さんの話、もっとしろ」 「お前はなんでそう偉そうなんだよ」 ため息をつきながらも、河合はA定食をつつきながら話してくれた。 河合の知ってるのは噂話だけだから信用ならないらしいが、芦田さんはちょう秀才で学年主席らしい。(俺は生徒会の3人があんなに勉強してるもんだから、てっきりあの3人のうち誰か1人が主席なんだと思ってた)しかしそれ以外の話は、どうも俺の知ってる芦田さんとは別人のようだった。 河合いわく、「無愛想で、暴力的」。 かなり見当違いじゃないんでしょうかね・・・? 「すっげー癒し系じゃん」 「どこがだよ。裏で学校を牛耳ってるとか、何人も病院送りにしてるけどそれも揉み消してるとかって聞くけど」 「ないないない!」 河合の声を打ち消すように、俺は盛大に笑ってやった。 俺も芦田さんのことをそんな知ってるわけじゃないが、あんなほわほわしてる人がそんなことをしてるなんて絶対ない。 |