青春パラドックス 12 「すみません。ちょっといいですか、芝君」 「あ、芦田さん」 顔を上げると、そこにはさっきまで入り口にいたはずの芦田さんが立っていた。 笑顔でこんばんわーって挨拶すると、芦田さんも笑顔で挨拶し返してくれた。やっぱ無愛想とはかけ離れた人だよなあ。 「何かありました?」 「はい、えっと・・・、明日の放課後は空いてますか?」 「全然ヒマですよー」 「では、明日の放課後、いつものところに」 「ラジャ!」 俺は敬礼のポーズをしてみた。 いつものところとは国語資料室のことだ。人が来なくて鍵も壊れているから、秘密の話をするには絶好の場所だと芦田さんが教えてくれた。 これまでにも、ストーカーや会長様の周囲の怪しい動きについて、対策法やらの秘密会議を何度も開いてきた。俺は今の生活にずいぶん癒しを求めてるらしくて、かなりの頻度でこの会議を開いてもらっている。 「あ、さっきまで芦田さんの話をしてたんですけど、この学校を牛耳ってるって本当ですか?」 「ちょ、芝!」 河合が慌てて間を割ってきたが、聞いてしまったからにはもう遅い。口が軽いとかなんとか言われそうだが、別に悪い噂でもないんだからいいじゃないかとへりくつをこいてみた。それに本人がここにいるんだから、直接聞いた方が早いし。しかし、あとで河合に殺されそうだ・・・。そしたら返り討ちにしてやろう。 「え?そんなことは一切ありませんよ」 「じゃあ、病院送りの噂は?」 「ああ、それは本当です」 「へえ、芦田さんってやんちゃなんですね」 「お恥ずかしながら」 えへへーと和気洋々に笑い合ってみたりして。 ああ、芦田さんが来てからこのテーブル付近がすごい和やかな雰囲気になった気がするなー。空気がほわほわしてる。やっぱり癒し系だ。 「チャージ!」 俺はがばっと芦田さんに抱きついた。河合の箸を落とす音やざわめき声が聞こえた気がするが、気にしない。「いいにおいがするー」とか変態ちっくに言ったら、頭上から小さく笑う声が聞こえた。 「な、なにやってんだよ、芝、」 「あ、芦田さん。こいつは俺のルームメイトで河合シンジ君です」 「適当に言ってんじゃねーよ。・・・河合知幸です」 「俺は芦田稜といいます」 「はあ、」 「では、芝君。また明日」 「はい。おやすみなさい」 芦田さんも「おやすみなさい」と返してくれて、俺はぶんぶん手を振りながら見送った。今日はいい夢が見られそうだなー、と悠長なことを考えていると、いきなり河合が勢いよく身を乗り出してきた。 「なんで芦田先輩があんな機嫌いいんだよ」 「河合君はいっつも機嫌悪いよね」 「それになんでお前に敬語!」 「羨ましかったら河合君も敬語使っていいよ?」 「っつーか、なに!いつものとことか!」 「浮気はしないから安心して!」 俺は河合君一筋だから!と言うとそばにあったおしぼりが飛んで来た。もちろんひょいって避けたけど。余裕しゃくしゃく。 「お前、もうマジやだ…」 「いやーん。河合君に嫌われたら規里、もう生きてけない」 くねくねする俺を河合は相手にするのも疲れたようで、ため息をつくと無言のまま定食を食べ始めてしまった。俺もおとなしく伸びてしまったそばと河合の定食を食べ始めた。 最後にデザートのアイスを食べて(河合のだけど、そこは俺的ジャイアニズム論だ)完食。2人仲良く部屋に戻った。それにしても本気でこの一ヶ月、河合としか行動してねえな。 「よりによって生徒会と芦田さんかよ・・・」 そして河合はまだぐちぐちなにか言っていた。 「それだけ俺に魅力があるってことだろー」 「その魅力を俺にも見せてくれ」 「え?このチャーミングなとこじゃない?」 チャーミーチャーミー言いながら廊下をくるくるまわると「恥ずかしいからやめろ」と止められてしまった。 「わけわかんねーし。お前マジで理解不能」 「失礼な。俺から見たらお前の方が不思議ちゃんだ」 そういや昔、むりやり健吾に読ませられ漫画でぶきみちゃんっていう妖怪の話があったなあ。あれは本気でこわかった・・・。必死で道順覚えたのはいまやいい思い出だ。 「あ、そういやお前、転校しないな」 「は?転校してたら今ここにいねーよ」 親切心で頭大丈夫か?って聞いたらなぜか頭を叩かれた。理不尽だ。 「まあなんでもいいけど―――」 と、河合が部屋のドアを開けたところで、言いかけた言葉も呑み込んでいきなり立ち止まった。自然と俺は河合の背中にぶつかるはめになる。 「なにやってんの?」 俺は固まっている河合を押しのけて部屋に入ろうとしたが、 「なんだこりゃあ!!」 部屋の中がすごい有様になっていて、叫ばずにはいられなかった。入るも何も、足の踏み場もないじゃねーか。 背後から「ぜってーお前のせいだ・・・」と河合の恨みのこもった声が聞こえてきた。 * * * 割れた窓ガラス、綿がいっぱい出た布団、倒れている棚と散らばった本、二段だったはずがその面影すら残ってないベッド。 つまり早い話、部屋がこれでもかというほど崩壊されていた。ここまでやるなんて大変だっただろうなーって感心してしまうほど。 とりあえず、半分意識を失いかけてる河合を引きずって管理人室に足を運んだ。 部屋の様子を説明すると、騒ぎをたてるのもあれだからということで今のところは保留。あとで先生方が家宅捜索してくれるそうだ。今日は簡単な荷物だけ持って待ち合い室で寝てくれのこと。 「いやー台風8号直撃?」 「ぜってーお前が原因だから!」 管理人さんから借りたタオルケットにくるまってぬくぬくしていたら、いきなり静かだった河合が怒鳴って来た。 「はあ?俺やってねーし」 「お前じゃなくて、お前に恨み持ってる奴がたくさんいるだろうが」 「デメキンとか?」 「なんでいきなり金魚なんだよ・・・」 「いや、デメキンっつーのは前の、」 「生徒会と芦田先輩の親衛隊とか!」 遮られた。 やっぱり河合はせっかちだと思ったが、本気でお怒りモードぽかったので軽口を挟むのはやめた。 「呼び出しくらったのにあいかわらず生徒会室に通ってるし、食堂で芦田先輩には抱き着くし・・・」 「それのどこがいけねえんだよ」 「だから、ひがまれるんだって」 「それを俺にぶつけるのはお門違いじゃね?」 俺が誰と何をしようと少年隊には関係のないはずだ。それで俺に怒りの矛先を向けるぐらいだったら、そいつらも生徒会に近づけばいいだけの話だろ。テレビに出てるアイドルじゃあるまいし、それぐらい容易にできるはずだ。くだらねー。 「まあ、お前に当たるのもおかしいか・・・。お前も被害者なんだし」 河合は少し冷静になったみたいで、頭をかくとソファに転がった。まだ誰がやったのかはっきり分からないけど、ほんとにいい迷惑だと思う。修理費をこっちが持てとか言われたら、本気で裁判起こすぞ。法廷で争ってやる。 でも一番の被害者は、俺と同室だっただけでこんな目にあった河合だ。 「俺のせいで巻き込んだんだったら、ごめん」 俺は頭を下げた。 河合はそんな俺を見てポカンと口を開けていた。 「なんだよ」 「いや、お前が素直に謝ると妙な気が・・・」 「失礼な」 ほんとに失礼だな。こいつは俺をなんだと思ってんだ。 * * * 一夜明けて。 特に何事も無く、放課後がやってきました。 「失礼しまーす」 国語資料室のドアを開けると、本棚と向かい合って立っている芦田さんがいた。 「こんにちは」 「こんちわ!」 笑顔で挨拶。 この約束がなかったら、俺は今日学校になんか来なかっただろう。昨日のこともあったし、考えたいこともあったし。ほんと偉大だな、芦田さんは・・・。 ということで、さっそくコアラみたいに抱きついてみる。 「芦田さーん・・・」 「なんですか?」 俺が抱きついてるとき、なぜか芦田さんは俺の頭を撫でてくれる。これがなぜか妙に落ち着くんだ。お兄ちゃんみたいだからかなあ。 「芦田さんからはマイナスイオンが出てるんですか?」 「そんな便利な体ではありませんよ」 「芦田さんの半分は優しさでできてるに違いない・・・」 ぶつぶつ言うと笑う声が聞こえた。本気なんだけどなー。 昨日は色々あって散々だったから、とにかく俺は癒しを求めていた。 チャージもほどよく溜まったころ、俺はいったん芦田さんから離れて、口を開いた。 「いきなりなんですけど昨日、俺の部屋が荒らされました」 「・・・荒らされた?」 芦田さんは眉をひそめて、首をかしげた。 「そうなんです。足を踏み入れるのも大変なぐらい」 「誰がやったのかは?」 「まだはっきりとは分かってませんが、河合のやつは少年隊だろうと言ってます」 「・・・少年隊?」 「あ、前に芦田さんが言ってた親衛隊みたいなものです」 「ああ、それならありえますね。芝君が生徒会補佐になったので、それの腹いせにやったのでしょう」 「やっぱりまた少年隊絡みですか・・・」 ストーカーといい今回のことといい、ちょっと度が過ぎてるんじゃないでしょうか。 「誰が会長の少年隊に入っているのか分かりますか?」 「いえ、部活や委員会のようなきちんとした組織ではありませんし、不特定多数の者が入っていると思われますので個人を特定するのは難しいかと」 「そうですか」 この前俺を呼び出したやつぐらいしか、会長の少年隊だと確実に分かるやつはいないらしい。 ・・・と思ったけど、まったく顔覚えてない。顔を見たとしても全然分からないだろうな。ああ、自分の記憶力が本気で憎い。 「今回、芝君を呼んだのもその親衛隊繋がりです」 「え?何か動きがあったんですか?」 「渉様の親衛隊で、どうやら内部紛争が起こっているらしいです」 芦田さんの「紛争」という表現がおもしろかったが、注目すべき点はそこではないことぐらい分かっている。 「何かあったんですかねえ」 少年隊の誰かが会長様を独占したとか、かなあ。「抜け駆けにして!」とか「どろぼう猫!」とか。本当に昼メロちっくの展開だあ。 「これで過敏になった親衛隊が渉様に何かしでかすかもしれませんので、芝君もよく見張って置いてください」 「はい、分かりました」 まあ、あの人を殴ったこともないやつら相手にだったら、何があったとしてもたぶん大丈夫だろう。というか俺がボディーガードするまでもなく、会長様が自ら片付けてくれそうだ。あ、いや、ファンにはさすがに会長様も手を出さないのか?セフレとかいるぐらいだし・・・いやいやいやいや! 「ストーカーの方はどうですかね?」 俺は会長様のセフレという話から離れるためにも、首を振ってそう聞いた。 「そちらの方はなんの発展もないです・・・、あ、もしかしたら・・・」 「何か分かりましたか?」 「その、芝君の部屋を荒らしたという犯人は、渉様のストーカーかもしれませんね」 「・・・んー?」 「ストーカーはだいぶ渉様に心酔しているようですし、ありえなくない話だと思います。一応、考慮しておきましょう」 会長様の写真を送りつけてくるストーカーは少年隊に入っていて、尚且つ俺の部屋を荒らした犯人だという可能性があると言うわけか。どんだけ困ったちゃんなんだ、そいつ。さっさと捕まえなければ。 「あ、河合は芦田さんの少年隊が部屋を荒らした犯人かもしれないとも言ってました。芦田さんにも少年隊っているんですね」 忘れていたが、なにも怪しいのは会長様の少年隊だけじゃない。昨日河合に聞いたことを思い出して言ってみた。 すると、芦田さんは珍しくいやそうに顔をしかめ始めた。うーん、そんな表情もかっこいい。 「確かにありえるかもしれませんね・・・」 「芦田さんもすごいですねー。少年隊がいるなんて」 「いえ、あんなの迷惑なだけです」 芦田さんはきっぱり言い切った。あんなの、とまで言ったぞ。少年隊に何かされた過去でもあるのだろうか。気になる。 しかし俺だって芦田さんとお近づきになりたいとは思うけど、少年隊みたいに嫌がられてまでするのはないよなあと思う。んー、芦田さんの少年隊も見てみたいところだ。 「犯人が俺の親衛隊だったら対処の仕様もありますので、すぐに調べさせていただきます。分かったら芝君に報告しますね」 「なんか、すみません」 「・・・なんでですか?」 「芦田さんは会長に仕えてる身なのに、俺にまで気を使っていただいちゃって」 俺の部屋を荒らした犯人が芦田さんの少年隊だったとしても、芦田さんには直接関係ないはずだ。なのに、調べてくれると言ってくれている。申し訳ないなあと思う。 「いえ、俺の親衛隊だったら俺にも原因があります」 芦田さんはそれに、と続けた。 「そうでなくても、俺が勝手に芝君のお手伝いをしたいだけです。だから芝君が気に病むことはありませんよ」 と、芦田さんは優しく微笑んで言ってくれた。 なんていい人なんだ・・・! 俺はまた、芦田さんに勢いよく飛びついた。 |