青春パラドックス 15



会長様の部屋にお泊りさせていただくことになりました。

「おじゃましまーす」

当たり前のように返事なんてなかったけど、俺は勝手に鍵を開けて部屋に上がりこんだ。こんな建物の鍵なんて心持ち次第で開くものなんです。

足を踏み入れた会長様の部屋はタロー先輩同様、まあ特に変わったところはない、普通の部屋だった。(ソファがあったり、テレビがプラズマだったり、パソコンがあったりするのはさすがにちょっと気になりましたけど、そこは許容範囲で。)
そんな部屋の主である会長様は部屋の中央にあるでかいソファ(いくらなんでもスペースとりすぎだ)にくつろいでいたけど、俺の存在に気付くとちょっと驚いた顔をしたようだった。
不法侵入だからかなー。あ、いや、ちゃんと許可取りましたよね。

とりあえず絡むのはあとにして、おすそ分けにと思って持ってきた食材やらおやつやらを冷蔵庫に入れるためまっすぐ台所に向かわせてもらった。

「あれ?プリンが入ってる」

冷蔵庫には会長様には不似合いのプリンがちょこんとひとつ入っていた。会長様にプリンってなんか共通点が見つからないような・・・。

「はっ、もしかして会長ってば俺のために・・・!」
「・・・勘違いも甚だしいな」
「会長の照れ屋さん!」
「・・・・・・」
「でも非常に言いづらいのですが、俺プリン苦手なんです」
「・・・・・・」
「あ、いえ会長のご好意は本当に嬉しいんですよ!」
「・・・・・」
「昔、幼なじみがプリンをくれたんですけど、中身が茶碗蒸しだったんです」

あれは中学生のころだった。
給食にプリンが出て、俺は例のように給食をがーっと食べて余ったプリンを貰いにいこうと企んでいたわけだが(俺のクラスでは全部食べ終わったやつから順番に給食の余りを貰えることになっていた。じゃんけんよりは公平でいいと思う。)、なぜかあの健吾がなんの気まぐれか、そのプリンをくれたことがあった。しかも健吾は隣のクラスだっつーのに、わざわざ俺のクラスまで来て。そこからして疑えよって話だが、純粋無垢な俺はなんの疑いもかけずもらったプリンをにこにこ食ってしまったのだった。

「それ以来、プリンを食べると茶碗蒸しの味を思い出して・・・」

それこそ甘酸っぱい青春のメモリーというやつだ。茶碗蒸し酸っぱくねーけど。
あいつの暇人っぷりには心底敬うものがある。

そんな話はさておき。
冷蔵庫に入ってた謎のプリンをはじっこによせて、買ってきた食材を詰め込んだ。

「会長は夕飯食ったんですか?」
「・・・・・・」
「まだなら作りますよ」
「食った」
「またまた!俺家事全般得意ですから任せてください」
「得点稼ぎのつもりか?」
「それを言っちゃあ身も蓋も無いと言うか!」

あいにく自分から善意で申し出るほど優しくもないんで。

「あ、どこ行くんです?」

会長はおもむろにソファを立ったと思うと、玄関に向かって歩いていた。

「お前と同じ空気なんか吸いたくねえから」
「え、そんなの今更じゃないですか・・・?」
「・・・・・・」

しょっちゅういっしょに生徒会室にいたような気がするんですが・・・。
はて?と腕を組んで考え込んでいると、いつのまにか会長はドアのノブに手をかけていた。

「だーー!」

ひとりにするのか?!
慌てて俺は会長様を引きとめようと背中に頭からタックルをかました。
と、同時にゴンッと小気味の良い音が頭上から響いてきた。

まさか、と思い顔をおそるおそる上げると、言うまでもなく、会長の額がドアに当たっていた。

結構な音がなっていた気がする。
ああ、また不穏な空気が流れてきました・・・!

「・・・何すんだよ」
「ル、ルルケチャム王国の親愛の挨拶・・・?」
「へえ・・・」

緊迫する空気。
俺はとっさにソファのかげに隠れた。せっかく寝床を確保したのに、今更追い出されても困る。

いざとなったら手錠をかけて身柄を確保しよう。
俺はじりじりとポケットに忍ばせてある手錠に手をかけた。が、意外にも、会長様は俺を一瞥しただけでまたノブに手をかけた。
あれ?てっきりまた戦闘モードに入ってるのかと思ったんですが。

「え?どこ行くんですかー?」
「もう戻ってこねえから」
「・・・あ、セフレのとこですね!」

そうだよなあ、俺と違って会長様にはお友だちがいっぱいいるんだもんなあ、寝床にも困らないよなあ・・・と感慨にひたっていると、なぜかさっきより怒気を含んだ空気が会長様から発せられた。気がする。

「え、じゃあ俺がこの部屋占領しちゃっていいんですか?」
「・・・ああ」

でもそれはさすがに、俺も心苦しいというか。

「パソコンの中エロ画像でいっぱいにしちゃいますよ」
「・・・・・・」
「あ、それって男の方がいいんですかね?」

そういや会長様はホモだったんだっけ。ああ、でも俺がそんな画像見たくねえな・・・。むしろそれって俺への嫌がらせ?
っつーか男のエロ画像なんてあるのか・・・?
え、男のエロ画像ってどんな・・・?
考えようとして、ハッと我に返った俺は首をおもいっきり横に振った。考えるだけ無駄だ!そっちの世界も奥が深いんだろう。うん、そういうことにしとこう、と俺はまったく見当はずれの結論をつけた。



* * *



結局、会長様もなんでかんだで部屋にいることにしたらしい。
あいかわらず俺と仲良くしようとなんて2ミリほども思ってないみたいで、シャワーを浴びたと思うとまたどこかに出掛けようとしやがった。(もちろん、俺が華麗に阻止したけど。)
そんな一悶着があった今は、大人しく、というか俺の存在自体をまるっきり無視して机に向かって勉強している会長様の姿がある。

俺はというと、部屋のすみっこに体育座りになって丸まっていた。

変なことを言って会長様の機嫌をそこねさせたくないけど、かと言ってずっと黙っているのも耐え難い。
そんな感じで、俺はどうしようかなーと足の間に頭を伏せて無い頭をフル回転させていた。

「会長、トランプ持ってきたんですけど大富豪でもやりませんか?」

無難に、スーパーの袋から食材と一緒に買っておいたトランプを取り出してそう提案してみたけど、案の定、無視。

「・・・脳の活性化にいいと思います」
「・・・・・・」
「あ、花札の方が良かったですか?このトランプ、花札もできるようになってるんですよ」
「さっさと寝ろよ」
「ハンデつけますから!」
「これ以上話し掛けたら追い出す」
「・・・・・・」

まあこれで追い出されたりしたらいやだけど野宿なりなんなりすればいい話だし、第一、会長様の力で俺を追い出せるとも思えないけど。
とりあえずトランプはスーパーの袋に戻して。

「だー!!ヒマ!」

俺は床にごろごろ転がった。
人がいるっていうのに黙ってるなんて無理!

「せっかくなんだから仲良くしましょうよー」
「・・・話し掛けるなと言ったはずだ」
「独り言ですー!」
「・・・・・・」
「そりゃあ最初は会長の部屋はあれかなあとも思いましたけど、よくよく考えれば愛人たちと逢い引きしないんだったらなんの問題も無いですからね」

会長様が俺をどう思ってるのかはまあ見た通りだろうけど、別に俺は会長様のことは嫌いじゃない。むしろからかうのおもしろいから気に入っていると言ってもいいぐらいだ。
俺って昔からこうなんだよなあ。デメキンにもしょっちゅうわざと質問しに行ってたし、逃げられると追いたくなるっていうの?でも逆に追いかけられると、ちょっと逃げたくなる。
人にされて嫌なことはしないようにしましょうと小学生のころ言われた気がするけど、どうも俺にはその決まりごとを守れそうにありません。

「・・・え、もしかしてこれから誰か来る予定があるんですか?」
「・・・・・・」
「あ、今の沈黙って、来るって答えたら俺が出てくかもしれないとか考えた時間ですよね」

顔でなんとなく分かるぞ。

「誰か呼んだら俺がその場で会長を押し倒しますから!」

そんなの誰にも見られたくありませんよね!ときらきらの笑顔をつくって言うと、机に向かっている会長様の顔がここからでもひきつっているのが見えた。
というか、できることなら俺もしたくないから誰も呼ばないでいただきたい。

「・・・もう寝るからお前はどっか行ってろ」

少しの沈黙後、会長様は溜め息と一緒にそう言ってきた。

「え?大富豪は、」
「とりあえずベランダにでも行ってくれ」
「じゃあ会長もご一緒に!」
「・・・お前、俺のこと怒らせて何が楽しいんだ?」

いや、今の案は本気だったんだけどなあと思いつつ、どうやら会長様も本気で怒ってるみたいだったので、俺も本気になって考えてみた。
別に悪意があって怒らせてるわけじゃない。なんというのだろう。性格の食い違い?で、構いたくなるという?

「・・・好きな子ほどいじめたくなる、みたいな?」

自分で言っといてあれだけど、まさに的を得た表現だった思う。他に表現の仕様がないですよね?
ちょっとおかしいかなーって気もしたけどボキャブラリーの少ない自分にしては良かったんじゃないかと満足して頷いていると、会長様にしては珍しく、少し呆気にとられたような顔をしていた。はて?



* * *



「・・・くだらない」

あ。
俺なりにまじめに考え出した結論は「くだらない」の一言で一蹴されてしまいました。
自分から聞いといて、なんだその返事は。

「じゃあ聞きますけど、なんで会長はそんなに俺を嫌ってるんですか?」

会長様は一瞬思案顔になったが、

「なんとなく」

と、考えるのも答えるのもさもめんどくさいといった感じに、なげやりな返事をしてきた。

どうやら会長は、俺以上に日本語が不自由なお方らしい。
結構勉強してるっぽいのに、しょせん見掛け倒しだったのか・・・。

しかし、「なんとなく」でここまで嫌われてるなんて、なんか悲しいぞ。第一印象が悪かったとはいえ、俺なりに誠意を持って会長様と付き合ってきたつもりだったんだけどなあ。

「分かったら、とっととベランダにでも行け」

ちょっと打ちひしがれている俺に、非情な会長様は更なる追い討ちをかけてきた。

「・・・えー?」

「分かったら」って俺なんも分かってないし、それに分かってほしいんだったらもうちょっと説明しろって話だけど。
今はそれは置いといて。
ベランダで寝るっていうのは勘弁してほしい。春とは言っても、夜はまだそれなりに冷え込む時期だ。しかもベランダなんかで寝たら野宿とまったくかわらないというか、むしろ、外の芝生の上で寝た方がましな気が・・・。

「会長、これは俺と仲良くなるチャンスなんですよ!」
「そんなもんいらねー」
「ひどい!鬼!なまず!」
「お前本気でうざいな」
「好き嫌いはいけないと思います」

会長が今までどんな生活を送ってきたかしらないけど、周りに俺みたいなタイプがいないんだったら、今後のためにも付き合っておくべきだ!
俺はそれを「カレーに味噌ピーを入れたら意外に濃くがあっておいしくなるかもしれない」とすばらしい比喩を使って訴えてみた。

が、会長様にはこの比喩のエレガントさが伝わらなかったらしい。

「俺の視界に入らないようにしろ」
「・・・せめて、洗面所でもいいですか?」
「・・・・・・」

これ以上何言っても無駄だと感じ取った俺は、この無言は承諾の無言だと受け取って、いそいそと布団と枕を持って洗面所に向かった。
今日のところは、とりあえずこの辺にしといておこう。逆に険悪な雰囲気になっても困るしな。あ、もうなってるか・・・。



* * *



「会長ー、朝はお米でよろしかったですか?」
「・・・・・・」
「炊飯器があるぐらいなんですから、よかったんですよね?」
「・・・・・・」

なんでこいつがここにいるんだって顔だ。それか朝からこいつの顔なんか見たくなかったって感じの顔。どっちにしろ傷つくなー。

今朝俺はいつも通り早起きして、で、それからはいつもと違って、昨日買い込んどいた食材で朝食をつくっていた。

テーブルにはこれぞ日本の食卓!という白米とわかめのみそ汁と焼き鮭とたくあんがきれいに並んでいる。俺が会長様のためにと朝から腕をふるってつくった朝飯だ。いつもだったら河合の食パンをトーストにするだけの俺が・・・!すごい健気!

「あっ、もしかして会長は炊飯器でパンをつくるんですか?」
「いらねー」
「え?!な、せっかくつくったのに!」

寝起きの会長様はテーブルに乗った朝食を一瞥しただけで、さっさと洗面所の方に行ってしまった。

どうやら会長様にアピール、じゃなくて親睦を深めようという健気な俺のはからいは失敗に終わったらしい。手づくりご飯にはときめかないタイプ、と。メモっとこ。

朝から結構な時間を割いたのになあと残念に思いつつ、こんなの食えるかー!ってちゃぶ台返しされるよりはましか、とポジティブに考えて、俺は2人分の朝食をとることにした。朝から健康的でいいかもしんないけどね。



誰かに目撃されても困るし、そもそも会長様が嫌がるだろうってことで、俺は朝食をとってすぐに部屋を出た。

「災難だったねえ」

管理人室に向かった俺は、まあまあと言って勧められたお茶をずずっと飲みながら、管理人さんの五朗さん(56)と世間話をしていた。

「笑いごとじゃないんですけどねー」
「でも、あそこまでやられたら笑うしかないんじゃないの?」
「確かにそうかも」

えへへと笑いながら、これまた勧められたチョコレートの山に遠慮なく手を伸ばしていった。朝から食べすぎかもしれないと思ったけど、勧められたものを食べない方が失礼に当たるよな。うん。

「あの、犯人の手掛かりはありました?」
「これと言ってなかったみたいだね。芝君に心当たりは?」
「あー・・・、ないですね」

変な騒ぎをたてるのも面倒だったので、俺はそう言葉を濁した。

それから部屋には1週間後ぐらいに戻れるようになるだろうと教えてもらって、ちゃんとチョコレートとお茶のお礼を言ってから俺は管理人室を出た。



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