青春パラドックス17 



「河合君の裏切り者っていう設定も板に付いてきたね」
「はあ?」
「何が目的であたしに近づいて来たの?!」
「・・・・・・」
「財産?地位?もしかしてあたしの体?!いやーん!」
「・・・ついてけねー」
「おい、まてこら」

俺は転がってたバスケットボールをひとつ拾って、クールぶってるくそつまんない河合に向かって投げつけた。見事河合の頭に命中して、ぼんっといい音がした。いい気味だ。

「だっ」
「かわいそうな俺を放って一人体育を楽しむなんてほんと何事だよ。何様だよ」
「いや、普通だろ」
「河合君って普通だったの・・・?」
「は?まあ、」
「安心しろ、お前は普通じゃない」

図書館で勉強できるぐらいだし。

うんうんと頷いてる俺を見て河合は何か言いたそうに口を開いたけど、結局ただいつものため息をつくだけで終わった。
むっ。
なんとなくむかつく。

「河合君のばかっ!」

俺はまたボールを投げて、それから足下に転がってたボールを手当たり次第に拾って河合目掛けてぶん投げ続けてたら、大人げない河合が投げ返してきた。 以下エンドレス。



「お前ら何やってるんだ!」
「・・・内野のいないドッヂボール?」

片付け当番だった俺らが先生に怒られたのは言うまでもない。



「お前のせいで昼休み減ったし」
「昼休みが減るってなんだよ。昼休みの時間が減る、だろー」
「・・・芝のくせに」
「体育が4限でよかったじゃん」
「まあ授業に遅刻するよりは、」
「あ、芦田さーん!」
「シカトかよ!」

めざとく廊下の前を歩く芦田さんを見つけた俺は、河合を無視して芦田さんに声をかけた。
芦田さんはどこかに向かっている途中だったみたいだけど、振り向いてくれたうえにわざわざ俺のいるとこまで来てくれた。おお・・・!

「こんにちは。その棒はなんですか?」
「こんにちは!あ、これは魔法のステッキです」

しゃらららーとくるくるまわって持っていた棒を高く突き上げた。

「芝君によくお似合いですね」
「え、それは安っぽいという意味で・・・?」
「すみません、言い方が悪かったですね。魔法のステッキと芝君という組み合せが、という意味ですよ」
「うあ!」

やっぱり芦田さんいい人!

「もし何かあったらすぐにステッキ貸しますんで、遠慮なく言ってください!」
「そんな、芝君の大事なものを借りるわけにはいきません」
「芦田さんは特別ですから!河合にだったら貸しませんけど」
「いらねーし」
「っつーか河合に使いこなせるわけないじゃん。この自意識過剰やろー」
「うわっまじうぜー」

喚いてる河合を再度無視して、俺は癒しの源、芦田さんと向き合った。

「あ、」

大事なことを忘れてた。この棒のほんとの用途。

そんなわけで俺は階段から何者(おもしろい言い方だなあ)かに突き落とされたことをこと細やかに説明した。

「・・・災難でしたね。足は大丈夫ですか?」

本当に心配そうに尋ねてくる芦田さんに内心ときめきつつ、俺は頭をぶんぶん縦に振った。

「大丈夫です!昨日会長に包帯巻いてもらいましたし」
「・・・渉様に?」
「意外ですよねー。まさかあの会長がしてくれるとは思いませんでしたけど」
「えっと、芝君はそんなに渉様と親しい間柄なのですか?」
「あ、今会長の部屋に泊めさせてもらってるのですよ」
「・・・え?」
「あれ、知りませんでした?」
「初耳です」

あれ?
てっきり会長のお目つき役の芦田さんには当然ご存知のことだと思ってた。なんせストーカーと間違えられるぐらいだし。
ちなみに俺のストーカー探しはまったく足が掴めないし、怪我して捜査が難航し始めたから泣く泣く休業中だ。

「芝、会長の部屋に泊まってんのかよ・・・」
「おうよ。トッポシークレットだからな」
「トップシークレットな」

と、なんやかんやしてるうちに気付いたら昼休みも残り15分しかなくなっていることに気付いた俺は、芦田さんに足止めしてしまったことを詫びて、河合と全速力で食堂に向かった。



* * *



芦田さんに会えて、しかもあと2日で部屋に戻れるってことでいい日になるはずだった金曜の今日、あと3時間とちょっとで1日が終わると言うところで、まさかの忌ま忌ましい事件が起こった。いや、起こっている。今日は13日だったのか?もしやこれはジェイソンの呪い?

「えーーーっとお」

えーのとこを間延びさせたのは、それなりの理由がある。とりあえず俺に考える時間をください。それか今すぐこの場の時空を止める鍵をください。なんていつぞやの漫画を思い出して軽く現実逃避してみる。この状況をどう理解しろと?

「芝規里?!」

今まさに、いちばん危惧していたことが目の前で起こっていた。

つまり部屋に見知らぬ少年がいて、尚且つ、ベッドの上で会長に跨がっているという。両方まだ服を着てるだけまだましだったかもしれない。

けど、まさか風呂に入ってる10分かそこらでこんな場面に遭遇するなんて思いもしないじゃないですか。
しかも俺は今風呂上がりで上半身裸ですよ。いらない脚色をつけるにはもってこいじゃないですか。じゃないですか。2回言っちゃったよ。

「なんでお前が姫原様の部屋にいるんだよ!」

芦田さんが会長を様付けで呼ぶときは、そこに芦田さんの人間性が見えてさすが!と思えるのに、なんでこの少年がそう呼ぶと気持ち悪く感じるんだろう。

まあ、この空間に異分子がいると言ったら、間違いなく俺だ。

「えーーーっと、お楽しみくださ、い?」

洗面所からバスタオルを1枚掴んで、俺はいそいそとベランダに出た。

窓を開けた瞬間、ひゅうと冷たい風が頬の横を通り抜けていった。今は風呂上がりだからいいけど、ぜったいこれ冷えるぞ。でもあの部屋から一刻も早く抜け出したかったし、部屋にいるよりはまだましか。しょうがない。しょうがないと生姜って関係あんのかな・・・。
俺は鼻をぐすっとすすって、バスタオルを肩にかけた。せめてもの寒さ対策だ。

「うー・・・」

まったく。
俺がいるんだからあの少年も俺のときみたいに追い出してくれてもいいのに。つーか俺のいる部屋で盛るなっつーの。ああ、今ごろ部屋の中では・・・。

・・・・・・。

ちょっとリアルすぎだから!
生々しいですから!

「やばいやばいやばい!」

純情で純粋なピュアボーイな俺は丸くなって両耳を塞いだ。



どれぐらい、そうしていただろうか。


不意に肩を叩かれた。

「うひぁあ!」
「・・・おい」
「ひゃい!」

びっくりしたな、おい!
顔をひきつらせながら俺は首を180度回転させて元気よく返事をした。

「・・・終わった?」
「・・・勘違いすんじゃねー。何もやってねえよ」
「あ、そうなんですか」

え、じゃあ俺の取り越し苦労?

「あれ、あの少年は・・・」
「帰らせた」

どうやらあの少年は会長の好みじゃなかったらしい。

「なんでベランダに出たんだ」
「お邪魔かと思って」
「廊下に出ればよかっただろ」
「・・・あ」

思いつきもしませんでした。

テヘ、と笑うと、会長は例の冷ややかな目で見下ろしてきた。うわあ、余計寒気が・・・。

何はともあれ、変な生々しい妄想を掻き立てることも遭難する心配もなくなったんだから、とりあえずは一安心だ。あー、よかった。ことに及んでなくて。今この場では会長の好みに感謝しよう、うん。



* * *



「いやー、ジェイソンもそれなりにいい奴だったんですね」

冷え切っていた体をもう一度湯舟に浸からせたあと、小腹がすいた気がした俺は大量に買い込んどいたポテチを食ってのんびりまったりしていた。

「お前、いやがらせ受けてんだってな」
「・・・なんですか、いきなり」

唐突すぎだろ。俺はジェイソンの話をしてたはずだ。
しかもずいぶんと今更な話題だな、おい。この前俺には関係ないって言ってたくせに。

「文句を言ってこないから不思議に思っただけだ」
「はあ?言っただろーが。呼び出しくらったって」
「それしか聞いてない」
「・・・んー?」

あとは部屋をぐちゃぐちゃにされたり、階段から突き落とされたり・・・ん?それぐらいか。ぐらいって言っても大事だけどな。
突き落とされたことは言ってないとはいえ、部屋のことは言ったはずだぞ。おかげで今この部屋にいるんだし。

「上履きに画鋲入れられたりとか、教科書バラバラにされたり机に花置かれたり、」
「会長がこんな長台詞を喋れる人だったなんて・・・!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・すみません。で、それはなんの話ですか?」
「・・・・・・身に覚えはないのか」
「えー、と?」

まったく。
した覚えも、された覚えもございません。

「お前がどんな被害を受けてようと俺には関係ないが、さすがに部屋を荒らしたのはやりすぎだと言った」
「はあ、ってちょっと待て!」
「なんだよ」
「俺の部屋を荒らしたのお前の少年隊か!」
「少年隊?」
「親衛隊のこと、だ!」
「そうだったらしい」
「そいつ連れてこい!!」

締め上げてやる!!シャー!
こいつもなにいけしゃあしゃあと大事なことを今更のように言ってくるんだ!

「・・・今後一切お前には手を出さないらしいから、今回は大目に見てやれ」
「今回って前回はいつだよ」
「・・・・・・」
「つーか何それ。あんた自分の少年隊に情けかけてんの?ふざけんなよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・ああ、なるほどね」

ストーカーはともかく、今、何かが繋がった。

「わかりました、大目に見ます」

俺はにっこり笑って言ってやった。
部屋を荒らした犯人が解ったんだし、とりあえずはすっきりしたんだから、大目に見てやってもいっか。うん、俺は寛大な心の持ち主だからな。

でもそいつには俺にはともかく、河合には謝ってほしいと思う。
うーん・・・まあこれからその分、俺が河合に尽くせばいいか。尽くすって何すんだって感じもするけど。

「ところで、さっきの古典的ないやがらせの羅列はなんだったんですか?」
「・・・親衛隊がお前にやったことらしい」
「え?されてませんよ?」

そんな幼稚ないじめを受けた覚えなんてまったくない。

「人違いじゃないですかね」

もしかして俺の代わりに誰かがその被害を受けてたのか?かわいそうに。どうせだったら隣の席の河合が受けてればいいなーなんて不謹慎なことを考えてみたり。

「いや、あいつらはどんなにやってもお前がピンピンしてると言ってた」
「ぴんぴん・・・!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・すみません。どんないやがらせでしたっけ?」
「・・・・・・上履きに画鋲入れられたり、」

がびょう・・・。

「・・・・・・ああ、そういや俺自分のとこじゃない靴箱使ってますもん」

先生に一番下の棚を使うように言われたけどそれが嫌で、今は河合のとこをいっしょに使わせてもらってる。だいたい画鋲ってなんだ。俺だったらそんな金のかかることやらないね。

「・・・・・・教科書バラバラにされたり、」
「・・・・・・教科書、開いたことがありませんね」

教科書は今ごろ、机の中で永遠の眠りについているはずだ。河合のメモが書いてある教科書を見た方が分かりやすいし。

「・・・・・・机に花」
「あ!確かに花なら置いてあった!」

朝一番で教室に入ったとき、確かにたまに花が飾られてるときがあった!

「・・・え?けどそれがなんでいやがらせになるんですか?」

おかしいなーとは思ったけど、誰かさんからのプレゼントだとむしろ好意的に受け取ってた。違うの?

「・・・・・・まあ、いい」
「いや、説明しろよ!」

ひとりだけ納得して俺は放置かよ!

えっと、よく分からないが、俺はどうやら会長の少年隊に地味ないやがらせを受けていた、らしい。いじめはいじめられている側がいじめだと思ったときに成立するって言うけど、俺の場合どうなんだ。


back * next