青春パラドックス 19



カーテンごしに、高く昇った太陽が見えた。

「・・・・・・」

学校は、と思ってああ、今日は土曜だったかと思い出す。
そして、おかしな身体の痛みに、余計なことも思い出した。

・・・・・・どうやら俺は、あれから意識を失っていたらしい。

会長の姿を探すけど、どこにも見当たらない。そんなに俺の顔が見たくないんだったら、始めからしなきゃいいのに、ほんとに。

つーか、ヤリ逃げかあの野郎・・・。

心の中で思いつく限りの罵言を会長に浴びせて、はあとため息をつこうとしたところでふと自分の喉に違和感を感じて、首を傾げる。なんか、いがいがする。
謎の喉の痛みを解消すべく、俺は鈍く痛む身体を叱咤して、這いつくばりながらも台所に向かった。むしろほふく前進の領域だ。健吾と小さいころからサバイバルごっこやってたのが、まさかここで生かされるとは・・・。
そういえば前に冗談でだけど、健吾から操をたてとけと言われてた気がする。

・・・前略、お父さん。娘は汚されてしまいました。

「・・・・・・」

やばい。
健吾のことを思い出したら、無性に声が聞きたくなってきた。しばらく健吾への電話は自制してたけど今日だけは許してほしい。

ミネラルウォーターを片手に、またほふく前進で洗面所まで行って、カバンから携帯を取り出して短縮で羽鳥健吾を呼び出す。

プルルーと8コール。

「こちら留守番サービスセンター、」
「使えねーー!」

俺は反射的に叫んで耳に当てていた携帯をかばんに投げ付けた。

「幼なじみの一大事だっつーのに・・・」

使えねえやつ。今日土曜だろうが。
まさにぐるぐる危ない土曜日・・・なんて一昔前のアイドル歌手を思い出してみたり。
洗面所に入ったついでにシャワーを浴びて、気持ち悪いからだを洗い流した。そしてほふく前進でベッドに戻る途中、ふと見たくもない昨日の形跡が残るカーペットが目に入った。

「・・・うげえ」

その瞬間俺はどうしようもないほど暴れたい衝動に襲われたけど、まあそこは大人の余裕ってやつを誰にとでもなく見せ付けて、なるべく昨日のことを思い出さないようにしながら、その見るに見かねないカバーを洗濯機につっこんだ。(このあたりは生徒会役員の特権に感謝しよう)
スイッチを押して、グィングィン回り始める洗濯機の音になぜか心地よさと達成感を覚えた俺は、またほふく前進で戻ってベッドにもぐった。

布団を頭からかぶって、ぎゅーって身体を丸めてみる。
さっきから思ってていながらも思いたくなかったことだけど、どうも熱っぽい。頭がボーっとする。
何も考えたくない。

それから俺は寝たり起きたり、たまに水とかカロリーメイトを摂取したり、自分でも縁起が悪いなあと思いつつも冷えた白いタオルを顔にかぶせたりして、睡眠を貪っていた。

そして日曜の朝がきた。
俺は荷物をまとめて、自分の部屋に戻った。結局会長は帰ってこなかった。



* * *



「河合君だー!」

俺はベッドから身を乗り出して、昼飯時になってやっと帰ってきた河合を出迎えた。

「おかえり!」
「ただいま・・・」
「? なに慌ててんの?」
「いや、なんでもない」

首を振ってそう言うけど、この河合の慌てようは尋常じゃない。ここまで走ってきたんだなーって安易に予想がつくほど息切れしてるし。おいかけっこでもしてたのか?

「あ、そんな俺に早く会いたかったんだ!」
「言ってろ」
「俺なんか朝一で戻ってきたからな」
「別にいばることじゃねーし」
「河合君と一秒でも長くいっしょにいたいと思って・・・!」
「あ、そう」

なんだよ、ここは感動するとこだぞ。

「飯食いに行くぞー」

完璧スルーされたうえ、帰って早々飯とかぬかす河合に呆れてみたり。お前には情緒ってものがないのか。

「あ、俺いいや」
「え?もう食った?」
「うん」

軽く嘘をついて、コンビニに行くと言う河合を見送った。
申し訳ないけど、何も食べる気にならない。あんなに食い意地はってた俺なのに不思議だなー・・・。

「あなたをすーきなー、わたしのきーもちー・・・」

また布団に丸まって、うたを口ずさみながら河合が帰ってくるのを待った。



「今日、日曜だぞ」
「わっ、はえーな」

いつの間にか河合が帰ってきていた。
気配をまったく感じなかった。鍵開く音もしなかったし。やっぱり忍者だったのか・・・?

「おみやげ」

河合が手に持っていたのはゼリーだった。しかもグレープフルーツの。それなら今の俺にでも食えるっていうか、そういうのが食べたかったというか・・・!

「河合君てんさい!」
「それやるから俺のカップラーメンの準備しといて」
「おーイェー!」

テレパシーの可能性を考えたけど、いや、それは絶対ないなと否定して、お湯を沸かすのに台所に向かった。

「・・・なんか歩き方おかしくね?」
「え、・・・足、怪我してるし」

一瞬うろたえてしまった。
俺なりに努めて普通に歩いてたつもりだったのに、まさか一瞬で見破られるとは。こいつ、やっぱり忍者なのか?
まあ、そんな、あんなところが痛いからとか言えねーっつの。



翌日。
微熱がまだすこし続いてた俺は、目覚ましをいつもより30分遅くセットした。
そんなわけで、今日はいつもより30分遅くの登校だ。(河合はそれでもまだ寝てたけど)

おととい聞いた話が気になって、ためしに俺が本来使わなきゃいけない靴箱の中を覗いてみると、そこには誰かが現在進行形で使ってる形跡があった。

「・・・誰?」

しかも聞いたとおり、上履きの中に画鋲が入っていた。えげつねー。
ついでに、謎の手紙も。ちゃんと封筒に入れとくなんて、やってることはえげつないのにやけに律儀なやつだ・・・。

俺は反射的にその手紙をポケットの中につっこんで、教室に向かった。



「はよ」

机の中も見てみるけど、まあ聞いてたどおりで、使い物にならない教科書が溢れていた。

「おい、無視してんじゃねーよ、芝」
「え、あ、うん?」

顔を上げると、前の席に座ってるやつと目が合った。

「お前に言ってんだっつーの」
「えーと、あーっと・・・」

この前見た、調査票の記憶を必死にたどってみる。
俺のひとつ前の席だから、し、し・・・、しの・・・、

「篠崎!」
「思い出すのに何秒かかってんだよ」
「言っとくけど予習なんてしてきてないから」
「誰も期待してない」
「え?」

じゃあなんでいきなり話しかけてきたんだ?今までそんなそぶりもなかったじゃねーか。
・・・そんな俺の思ってたことが、どうやら全部顔に出ていたらしい。

「俺、呪いとか駄目なんだよね」
「は?あー、俺呪いなんて全然かかってないから」

そういや、そんな噂もあった気がする。河合が初めのころ言ってたな。でも申し訳なくなっちゃうほど俺は健康体で、平々凡々の普通の高校生なんだよなー。

「でも河合がどーだかは知らないけどね」
「そこはフォローしろよ」
「あだっ!」

後頭部を何かに軽く叩かれた。
頭をさすりながら後ろを向くと、ぶーたれた河合が立っていた。凶器はカバンか。
にしても、すげーいいタイミングに登場するな。ヒーロー気取りかよ。

「お前はウルトラマンか!」
「はあ?俺は迷惑してんだよ。呪いなんてかかってねえっつーの」
「そうだったんだ」
「へえ、そうだったんだあー」
「お前は白々しい」

本日2度目の殴打。いたい。

「じゃあさっそくだけど篠崎君、お近づきになったしるしに英語のノート見せてくれ」
「篠崎、こいつなんかに見せなくていいから」
「悪いけど俺もノートとってない」
「つかえねー」

3度目の殴打。

「河合って芝の保護者みたいだよなー」
「勘弁してくれ・・・」

何が言いたいんだ、2人とも。こっちだって保護者はテツオひとりで充分だっつーの。

「そういえば、お前ら授業中にしりとりとかしてるだろ?」
「えっなんで知ってんの?!」
「俺はこいつがうっさいから付き合ってやってるだけだけどな」
「芝すげー卑怯だよな。なんとかクスリ、とか」

卑怯じゃないぞ、賢いんだぞ。
風邪薬とか胃薬とか、最後をりで終わらす作戦だ。

「今度俺も混ぜてよ」
「全然オッケー!」

そんな感じで1限の授業が始まるまで、河合と篠崎としりとりの必勝法について語り合った。
なんか俺の学校生活もちょっとずつ変わりそうな気がし始めてきた、今日この頃だった。



* * *



そして放課後。
俺は屋上に来ていた。

「やっと来たな」

屋上にはほかに誰もいなくて、その声はやけに響いて聞こえた。
声のした方向、つまり背後を振り向くと、そこにいたのは、・・・・・・、俺の記憶力が正しければ、3年4組の馬場というやつだった。こーいうかわいい顔なのに名前に意外性があったりすると覚えやすかったから、たぶん間違いないと思う。

「いつも違うやつを連れてきやがって」
「・・・・・・すみません」

ってことは、これは初めての呼び出しなわけじゃなくて、しかもこれまでは俺の下駄箱を使ってるやつが律義に毎回ここに来てたってことか。うーん、申し訳ない。どっちにも。

今朝、靴箱に入ってた手紙には「放課後、屋上に来い」という男前で簡易な文が書かれていた。用件しか書かないなんてほんと男前だ。

「ここに呼び出して、なんですか」
「前にも生徒会に近づくなと言ったはずだ」

どうやら、馬場少年は俺が前呼び出されたときにいた一人らしい。

馬場少年は俺に歩を歩めて、続けた。

「お前が姫原様の部屋にいた報告が来ている」
「はあ」
「部屋まで荒らしたのに!どうしてそんなに神経が図太いんだ!!」

いやいや、人の部屋を荒らす方がよっぽど神経図太いっつーか。

俺はこのとき、完全に油断していた。

「なんでお前ばっかり・・・!!」

馬場少年がズボンから何かを取り出すのが見えて、避けようと一歩下がったとき。

「いだっ!」

右足の存在を忘れてた。

「ふざけるなっ!」

一瞬、反応の遅れた俺の瞼の奥が赤く染まった。
いや、実際赤い・・・?

「・・・・・・」

おそるおそるさわってみると、なんかぬめって・・・。

「てめえがふざけんな!!」

俺は力の限り馬場少年を殴り飛ばした。
実際馬場少年は飛んで、手に持っていたナイフもカランと音をたてて床に落ちた。

「・・・・・・くそ、」

こんな触ったこともないようなもん、使うんじゃねーよ。

ああ。最近の俺、怪我しすぎ?今までのツケがまわってきたのか。笑えねえ・・・。

馬場少年に近づいて、意識を失ってること確認してからポケットからハンカチを拝借した。あいにく俺はハンカチを持ち歩くような教育受けてないんでね。





生徒会室には会長しかいなかった。

「もう懲り懲りなんで、親衛隊の今後についてこいつと話し合ってください」

俺は肩に担いでた馬場少年をソファに下ろした。

「あと私情も」

それだけ言って生徒会室から出ようとしたとき「待て」と呼び止められた。

「目はどうした」
「・・・ものもらいです」

今度こそ生徒会室を出た。



くらくらする。視界が揺れる。気持ち悪い。吐きそう。とっとと寝たい。むしろ永眠につきたい。



理事長室を軽くノックして、返事があったのに心から安堵する。

「しつれいしまー・・・」

ドアを開けた瞬間倒れた。いや、もうほんと限界。

「芝君?!」

理事長が駆け寄って来てくれたのか、せまい視界の中に足が入ってきた。

「大丈夫か?!」
「あー・・・、カーペット汚してごめんなさい・・・」
「そんなことどうでもいい!」

いやいや、どうでもいいって。どーでもよくないだろ。こんな高級なカーペットを赤くしてしまって、ほんとすみません。

そこで俺の意識は途絶えた。



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