青春パラドックス 20 目が覚めたら病院の一室―――だったら、どんなによかったか。 運悪く治療の前に目が覚めてしまった俺は、右瞼が縫われてくのを黙って耐えるはめになった。縫われるのは初めてだったけど、なんかまな板の上の魚の気持ちが分かった気がした。あとあまりの痛さに笑いを耐えるのも大変だった。 捻挫はするわ掘られるわ、本気で俺、最近散々すぎる・・・。厄日か?いや、厄週とでもいうのか? 「・・・すみませんでした」 病院帰りの車の中、開口一番に俺は運転中の理事長に謝った。 「何に対しての謝罪かな?」 「ご迷惑をかけてしまったことと、・・・一般の生徒から怪我を受けたことです」 ふがいないし、申し訳なさすぎて顔が上げられない。 なんのためのボディーガードだ。馬場少年だってちゃんと俺が抑えられてれば、傷害罪とかそんなの負わなくて済んだのに。 「私は、君が誰にも目撃されず理事長室まで来た判断力を評価するよ」 「・・・・・・」 理事長は俺を責める気が無いらしいが、俺の右目は視力が落ちるかもしれないという話で。使い物にならない目なんだから、クビになってもしょうがない。 「ところで芝君がどんな経緯があってその傷を受けたのか、説明してくれないか?」 俺は少年隊のこと、部屋を荒らされたこと、階段から突き落とされたこと、馬場少年のことをこと細やかに説明した。 「そうか。・・・君が負い目を感じることはないよ」 「・・・・・・」 「馬場はどうした?」 「今は気絶していて、生徒会室にいると思います」 「大丈夫なのか?」 「馬場先輩のことでしたら・・・ちょっと大丈夫ではないかもしれません」 歯が何本か折れたかも。まあ、会長がどうにかしてくれてることを祈ろう。アフターケア下手そうだけど。 「いや、それもあるが、渉に危害を与える可能性は?」 「ナイフは取り上げましたし、危害を加えることはまずありえないと思います。会長の熱心な崇拝者だと聞いていますし」 「君は優しいな」 「・・・・・・」 今ここで使われる優しいは、いい意味なのか悪い意味なのか判断しかねるな。 「もし、君が元の学校に戻りたいと言うのなら手配するが、どうする?」 「・・・クビではなくて、ですか?」 「私としては解雇をしたくないと思っている。戻りたいとは思わないのか?」 「はい」 俺には、まだやらなきゃいけないことがある。 にしても、クビは免れたようでほっとした。ボディーガードとしてかなりの失態をしたはずなのに。 「一週間は怪我を治すことに専念しなさい」 「分かりました。・・・でも、その間のボディーガードは」 「ボディーガードなんて本来必要無いんだ。念には念をといった感じで」 「・・・・・・」 まあ、薄々感づいてはいましたけど。 「ただ、渉はあんな性格だからな。強制的にでも、話し相手をつくってあげた方がいいと思ったんだ」 「過保護ですね」 「・・・まあね。親の心子知らずというのはよく言ったものだよ」 そう言って理事長は苦笑を洩らした。 でも心中、お察しします。あの人の話し相手なんて、中々誰にも務まらないもんなあ。お父さんも大変だ・・・。 「でも今後、何かが起きたときには助けてやってほしい」 「はい」 「あと、仲良くしてやってくれると嬉しい」 「・・・はい」 あっちにそういう気が無いから無理だとは思うけど、力の限り努めさせていただきましょう。 それでうざがられるのが、常なんだけどね・・・。 * * * 「ただいまー」 「遅かったな、って目どうしたんだよ?!」 河合は俺の姿を確認すると慌てたように駆け寄ってきた。 そんなにびっくりすることかね。 「ものもらい」 「・・・顔色、悪い」 「そー?」 「・・・飯は?」 だから、お前には情緒ってものがないのかなあ。今のまったく脈絡ないぞ。 「ごめん、食って来た」 「そうか」 「俺もう寝るわ」 「・・・わかった」 やっぱりなんだかんだで、河合はいいやつなんだと思う。 何か言いたそうにしてたけど、俺の話しかけるなオーラが伝わったのかまったく詮索してこなかったしね。今はとにかく飯も食いたくないぐらい疲れてたから、その心遣いがありがたい。 こいつがルームメイトでよかったなー。 痛みで目が覚めた。 不安定な視界は暗くて一瞬失明したかと思ったけど、暗いのもそのはずで、デジタル時計を確認するとまだ3:00と表示されていた。3時ぴったりに起きるとは我ながらすごいな。 そんな自画自賛をした俺は河合を起こさないように静かにベッドから降りて、病院でもらった痛み止めを飲んで部屋を出た。 階段を使って屋上に向かう。特に理由はなかったけど、目は冴えてるし、ひとりで静かに考えられる場所が欲しかった。 鍵がかけてあると思った屋上につづく扉は、思いの外開放されていた。 「無用心だなー」 これで飛び降りる人がでてきたらどうするんだろ、とか思ったそれはどうやら杞憂に終わったらしい。 暗い闇に落ちた屋上には先客がいた。 「・・・恭平さん?」 「キーリィ」 夜目に慣れてないとは言え、なんとなく雰囲気で、その影が恭平さんのものだと分かる。 「スウェット姿のキーリィもかわいいね」 「目のことは知ってたんですか?」 スウェットの俺がどーかは置いとくとして、普通だったらまずこの包帯のことを聞いてくるはずだ。 俺は恭平さんの失言に内心してやったりとほくそ笑んだが、恭平さんは意外にも「まあね」となんの惜しみも無くけろりと言った。 ・・・なんかこっちが負けた気がするぞ。 「隠したってしょうがないからね」 「・・・なんで恭平さんはここにいるですか?」 「天からお導きされたんだよ」 「わあ、すてきですねー」 やっぱり星の王子様かなんかなのかなあ、この人は。 わざと棒読みで言ってやったのに恭平さんはただ上品に笑うだけだった。ほんと嫌味が通じない人だ。 「くだらないこと言ってもいいですか?」 「なんでも話してごらん」 「俺、部屋を荒らしたの恭平さんもありえるなーって思ってたんです」 「へえ」 「恭平さんの調査票がすりかえられてたので」 部屋を荒らされた後、恭平さんの調査票が理事長に最初もらったときのとは違う内容の調査票になっていた。そんなのするの、恭平さん本人しか考えられない。 それに気付いたのは生徒会室で部屋を荒らされたことを報告したときで、俺は部屋の荒れようを言ってなかったのに、恭平さんが「寝床がない」とベッドも壊されたことを知っているかのような発言をしたときだ。おかしいと思って、調査票を確かめたらやっぱり思ったとおりだった。 でも少年隊が自ら犯人だと認めたし、そもそも恭平さんが犯人だったら調査票だけすりかえればいいだけの話でわざわざ部屋をあんなめちゃくちゃにする必要は無いから、よく分かんなくなったんだけど。 「恭平さんは少年隊に加担してたというか、利用してたんですよね?」 俺が思うに、恭平さんが会長の少年隊に何か告げ口やらほのめかすことを言って、部屋を荒らさせたりしたんだと思う。荒らしやすいように俺の部屋の鍵をあけといたのは恭平さんだろう。一般人に鍵があけられるとは思えないし、ベランダから侵入してくるとも考えにくい。 「でも昨日、キーリィが怪我を受けたことは予想外だったけどね」 「・・・・・・」 「いや、期待はずれかな」 「一発殴らせろ」 「いいよ」 ・・・ずいぶんあっさりだな。 俺はその言葉に甘えて、なんの遠慮もなく恭平さんを殴った。俺の右目に受けた怪我に比べれば、こんなのどうとでもないはずだ。・・・・・・なんかすっきりするどころか、むなしくなってきた。 さらにむなしいことに、殴れられた恭平さんは少しよろめいただけで鼻血すら出てないみたいで俺は余計へこんだ。そもそも王子様は鼻血なんてもの出ないのかなあ・・・。 * * * 「全部恭平さんが仕組んだことだったんですね」 「全部とは言い難いけどね。俺はただ助言してあげただけだし」 何が助言してあげた、だよ。 「なんでこんなことしたんですか?」 「なんでだと思う?」 「・・・俺の力量を測るため?」 「楽しそうだったから」 「・・・あ、そう」 恭平さんの余興のためだけに、俺だけならまだしも、河合も被害受けてたのか。馬場少年だって、恭平さんに何か言われてやったことだったのかもしれない。いや、恭平さんの口ぶりからして、たぶんそうだ。ほんと最低だな、こいつ。要は少年隊だって恭平さんに踊らされてたってことだろ。 「少年隊の内部争いも恭平さんが原因なんですね?」 恭平さんはやっぱり、ただくすくすと笑うだけだった。 「ストーカーは?」 「実際にストーカーはいたんだよ。俺はただそれを利用させてたもらっただけ。いいカモフラージュになるかと思ってね」 「誰か知ってるんですね」 「プライバシーの侵害になるから言わないでおくけど、もう写真を送らないようにと忠告しておくよ」 この人が少年隊にどんなことを言って、俺の部屋を荒らさせたり、階段から突き落とさせたり仕向けたかなんて予想もつかないけど、裏で操ってたうえ、少年隊の誰にも疑われないでやってきたことだったんだから、ほんと只者じゃない。 「やっぱり君はおもしろいね」 「さっき期待はずれっつってたじゃないですか」 「それは君の身体能力の話」 そう言って恭平さんは俺の右目に巻かれた包帯に手を伸ばしてきた。 「傷、見たいな」 「どーぞ」 なんの物好きでそんなの見たいのかなあと訝しみながらも承諾すると、同時に恭平さんは俺の顔半分に巻かれている包帯をほどき始めた。 「俺を責めないんだね」 「それは、俺の落ち度でもありますから」 恭平さんが裏で操るようなことをしなければこんなこと起きなかったかもしれないけど、それでももしかしたら起こったことだったかもしれないし、そもそも俺が防ぐべきだったのだ。 もちろん恭平さんに対する憤りはある。でもそれ以上に自分が情けない。 「落ち込んでるんだ」 「・・・・・・」 「慰めてあげようか」 「結構です」 恭平さん流の慰め方を考えるだけで悪寒が走ったぞ。考えないようにしよう、うん。 「調査票のことに気付いてるぐらいなんだから、知ってるんだよね?」 「・・・調査票をもらってすぐ、恭平さんの家に電話をかけましたから」 「キーリィは頭悪いくせに、行動力はあるんだ」 「余計なお世話だ!」 今のは完璧ばかにされたと思っていいんだよな?いいんですよね? ボディーガードをしてる身としちゃ、危ない人間から調べるのが普通だろうが。 「高島恭平は1ヶ月前に事故にあって、死んでいると聞きました」 「らしいね」 「・・・あんた誰?」 「俺は俺だよ」 「くさっ!」 「んー、じゃあアルチュールランボーの生まれ変わりかな」 「アル中うまいぼー?」 「フランスの詩人」 「へえ・・・」 アル中のうまい棒がねえ・・・。 まあ確かに恭平さんからはフランスっぽい香りがしてきますけど。 「もしこんなことをまだ繰り返すつもりなら今、先手打たせていただきますよ」 俺は目の前にある恭平さんの目を睨みつけて言った。確か前にもこんなことあったな。 「君にできると思ってるの?」 「・・・・・・」 確かに今の俺は、右目は見えないし、右足は使えないし、体調も万全じゃないし、どう考えても不利だ。でもだからと言って、恭平さんをこのままにしておくわけにはいかない。 「うーん、まあそろそろ俺も満足してきたし、終わりにするよ」 「終わり・・・?」 「今後一切、何もしないことをここに誓おう」 そう言って恭平さんは俺の両頬を包んできたかと思うと、包帯がとれてガーゼだけになった俺の右瞼に唇を乗せてきた。 ・・・そんなことしても寒いだけだって言ってんのに。 「姫原にも何もしない」 「言いましたね?」 「誓うよ」 うさんくさい顔だったけど、とりあえず今はその言葉を信じよう。 「会長の少年隊はどうするつもりですか?」 「親衛隊は姫原がうまく処理してくれるはずだから」 「・・・他人任せかよ」 「違うよ。信頼してるんだ」 うまく言ってるつもりだろうけど、結局は他人任せじゃねーか。 |