青春パラドックス 21



放課後。
芦田さんに連絡をとって、国語資料室に来てもらっていた。

「どうなされたんですか?!」

芦田さんは俺の顔を半分隠している包帯を見ると、いつもの穏やかな表情から一変、血相を変えて駆け寄ってきてくれた。 今までに見たことのない表情の芦田さんに、不謹慎ながらもちょっとときめいてしまった。

「お恥ずかしながら、会長の少年隊にやられてしまったんです」

えへへ、と笑ってなにもなかったかのように繕う。本気で心配してもらっちゃって、嬉しいやら、申し訳ないやら。
何か言おうとした芦田さんを遮って、俺は今日来てもらった理由を話した。

「ストーカーの件についてですが、もう心配ないようです」
「どういうことですか?」
「えっと、捕まえてはいないんですけど、とにかくもう何もしないらしいので。あ、俺の部屋を荒らしたりした犯人も、やっぱり会長の少年隊だったみたいで、そちらの方もとりあえず大丈夫みたいです」

俺の周りにあった事件は一応、どれも一件落着したことを芦田さんに伝えた。
恭平さんのことを除いて。
別に恭平さんを庇ったわけじゃない。ただ恭平さんの人格を芦田さんに伝えるのもどうかと思ったのだ。あの人の人格は、そうとう毒ですからね。芦田さんにもやな気持ちになってもらうなんて忍びない。



芦田さんに何か問われてもうまくごまかす自信のなかった俺は、足早に報告したあと生徒会室に向かった。
生徒会室には、左の頬にシップが貼られている恭平さんの姿があった。

「きれいな顔がもったいないですね」
「キーリィの愛がそれだけ重かったってことだよ」

でもしっかり受け取ったよ、なんて言う頭が沸いてるとしか思えない発言は無視して。

「会長とタロー先輩は?」

遅く来たのに、珍しく2人そろって姿が見えない。

「作業に追われてるみたいだね」
「? なんの?」
「親衛隊の改正」

なんで恭平さんはいっしょに作業してないのかとか気になるところはいろいろあったけど。

「改正?」
「親衛隊を公認することにしたらしくてね」
「・・・どういうこと?」
「親衛隊を生徒会の下で見張るってこと」

今まで野放し状態だった少年隊を、ひとつの集団としてまとめて公認することになったらしい。要は部活動と同じような扱いになるのだと恭平さんが説明してくれた。確かに生徒会が公認すれば大きなこともできなくなるだろうし、すぐ取り締まることもできるだろうけど、まったく、世も末だ。そんな部活動を認めちゃう学校側もどうよ。

「そんなめんどくさいことするんだったら、いっそのこと少年隊なんてつぶしちゃえばいいじゃないですか」
「親衛隊はなかなか役に立つからね」
「・・・・・・それは今回の体験談を踏まえて言ってるんですか?」
「違うよ。親衛隊は生徒会の顔を立たせるには持ってこいなんだ」

なるほど。確かに、ファンがいると箔が付くもんなー。
でもまあ、それは結局少年隊を利用してるってことなんだろうけどね。少年隊の人たちも気付けばいいのに・・・。あ、これがいわゆる恋は盲目か。

「姫原の親衛隊も崩壊寸前だったらしいけど、持ちこたえたみたいだしね」
「いやいや、らしいって他人事じゃないだろ」

当事者のくせに。白々しい。

にしても、会長が本気で少年隊の改正に取り組んでくれるなんて。なんだかんだで会長も迷惑被ってたのかなあ。
とりあえず、馬場少年を遠回りしてまで生徒会室に運んだ苦労が報われたみたいでよかったよかった。



* * *



「疲れたー・・・」
「あ、タロー先輩」

生徒会室に入ってきたのはお疲れモードで、足下がふらついているタロー先輩だった。

お茶でもいれましょうか?と訊ねようとしたそのとき、タロー先輩は俺と恭平さんの顔を見るといなや表情をかえた。

「2人ともどうしたの?!」
「「え?」」
「あ、はもった」
「きも」
「何がかい?」
「あんたとはもった自分が」
「じゃなくて!その包帯どうしたの?!」
「あ、えっと、俺のこれはものもらいです」
「俺のはキーリィにやられたんだよ」
「え?!」
「おい!」

なにさらりと本当のこと言ってくれてるんだ、この人。少しはごまかしてくれてもよさそうなものを・・!いつもの変態的な発言を今ここでしなくてどうする!

「喧嘩したの?」
「・・・まあ、そんな感じです」
「喧嘩は喧嘩でも、痴話喧嘩だけどね」
「あんたと痴話をするような仲になった覚えはありません」
「仲いいなあ」
「なんでそうなるんですか!」

だからそーいう仲じゃないって言ってるのに。どこをどうしたらそんな風に見えるのか、簡潔に説明していただきたい。たぶん理解できないだろうけど。

「っていうかなんで高島はそんなのんびりしてんの!」
「え?」
「え?じゃないよ!こっちは忙しいんだってば!」

そんな感じで恭平さんはタロー先輩に強制連行されていきました。もう帰ってこなくていいよ。

「芝もなにやってんの!」
「え?」
「いちいち高島と同じ反応しなくていいから!」

・・・・・・いや、別に真似ようとしたわけじゃないですけどね。っていうかなんで真似なきゃいけないんだ。もしタロー先輩にそう思われたんだったら心外だなあ・・・。

「補佐なんだろ!」
「えー・・・」

一週間は安静にと釘を刺された俺だったが、健気なことにもこき使われるために毎日生徒会室に通いつづけることになった。そして4日目。うわさの金曜日だ。

この4日間で俺は初めて生徒会の仕事っぷりを見た。
生徒会の皆様は少年隊の規則書の作成やら名簿作りやらで本当に忙しそうだった。いや、実際にめんどくさいほど忙しかった。
その頑張りがあってか早くも少年隊の体制が調いつつあって、別名、民衆を率いた生徒会の恐慌政治の時代が始まろうとしていた。ちゃんちゃん。

それにしても、この4日間。恭平さんとタロー先輩とはいやというほど顔を合わせたのに、なぜか会長とは一回も顔を合わせなかった。何してんのかね、会長様は。裏で何かやってるわけじゃないといいけど。黒幕は恭平さんだけで充分だ。

「ねー恭平さん」
「なんだい?」
「さいきん会長の姿がまったく見えないんですが」
「俺というものがありながら、他の男の心配かい?」
「ほんと恭平さんは毎日が楽しそうでいいですね」
「キーリィがいるからね」
「なにそれ、口説き文句?」

けっと鼻で笑ってやった。
あいにく、ミジンコほどのときめきもございませんでしたけど。ピコの世界だよ、ピコの。

「ちなみにミジンコはミリの単位で測れるけどね」
「・・・・・・お前なんかミジンコ以下だ!」
「で、姫原がどうしたんだい?」
「・・・だから、最近見ないけどどうしてんのかなって」
「姫原の護衛は?」
「なんかそもそも護衛なんて必要ないらしいですよ」
「へえ。じゃあ今が狙い目と見ていいのかな?」
「前と言ってることが違うじゃないですか」
「冗談だよ」

冗談に聞こえないですよ、それ。
そもそも、恭平さんの二度と何もしないって言葉も疑わしいんだよな。いや、こういう考え自体がよくないのか。常にこの人のことは警戒してないと。

「なんかキーリィと姫原が親密になったみたいでさびしいな」
「・・・・・・」

そのにやけ顔はどう見ても、さびしいとはかなりかけ離れた顔だと思いますが。それこそテラだよ。
この人はいったいどこまで知ってるんだろうなあ。のぞき見でもしてたのか?きゃー、変態。あ、それは今さらか。



* * *



はしごをよじ登って少し顔を出すと、そこには恭平さんの言ってたとおり、探していたお尋ね者がいた。

「どうもー」
「・・・・・・」

よっこらしょと腕に力を入れて、屋上に手をつく。

「お前、足怪我してんじゃなかったのか」
「してますよ」

ほら、このとーり。
俺はズボンの裾をあげて包帯の巻かれてる右足を見せた。
おかげでここまで上ってくるのも一苦労だったんですよ、まったく。

学校の屋上は寮のとは違って、階段をのぼれば着くというそんな生ぬるい造りじゃなかった。 屋上に行くには、4階の壁にとり付けられているはしごみたいな金具によじのぼるという、なんともめんどくさい手段しかないらしい。
だから屋上って言っても、柵は付いてないし、漫画みたいに飯を食べられるようなところじゃないし、そもそも誰も普通行こうなんて思わないみたいだ。
しかも金具の一段目だって俺の身長より高いところにあったから、足を怪我してる俺はわざわざ机をここまで運んで踏み台をつくってまでよじのぼってきたわけですよ。

「結構見晴らしいいですねー」

今日は天気もいいし、地上5階相当の屋上から見下ろす景色はなかなかの絶景だった。
でも念願の海が見えなかったのは残念だ。俺が海を見に行けるのはいつの日になるやら。

「えっと、改めてお久しぶりです」
「・・・・・・」
「それなりにこれまでは毎日会ってましたもんね」
「・・・・・・」
「・・・狸寝入り?」
「目は開いてる」

いや、確かに目は開いてますけどね。会長だったら目を空けたままでも眠れそうだと思ったまでです。あ、別に会長が魚類っぽいって言いたいわけじゃないですよ。
っつーか起きてんだったら少しぐらい返事をしてほしい。

「俺のこと、顔見たくないぐらい嫌いだったら、始めからしなきゃよかったじゃないですか」

そりゃあいくら俺でも、故意に避けられるってことぐらい知ってた。
まあ、恭平さんに言われるまでは気付かなかったんだけど。





「キーリィはやっぱり頭悪いねえ」
「喧嘩売ってんのかテメー」
「テメーじゃなくて、恭平さん」
「はいはいはいはい、で、何が言いたいんですか?」
「小野と俺とは毎日会ってんのに、姫原とだけ会わないのはおかしいと思わなかったかい?」
「・・・裏で何かやってたり・・・?」
「キーリィの脳は糸こんにゃくでできてるのかなあ」
「え、なに、その人を哀れむような目は」
「かわいそうだなあと思って」
「いや、あんたに言われたくないです」
「あんたじゃなくて、」
「はいはい、電波ね。で、本当に何が言いたいんですか」
「姫原はよっぽどキーリィが嫌いなんだね」
「・・・うん?」
「だってキーリィのこと意図的に避けてるぐらいなんだよ」

にこにこ笑って「キーリィの顔も見たくないんだね」と言った恭平さんは、心底性格が悪いと思った。

「姫原なら屋上にいると思うよ」





そんなわけで俺は今、わざわざはしごをよじのぼる苦労をしてまで屋上に来ていた。会長がこんなめんどくさいことをしてまで俺に会いたくなかったのかと思うと、ちょっとへこむ。しかも足怪我してるからここまで来れないと思ってたのかね。あーあ。

「っつーか普通逆だろ?なんで会長の方が俺のこと避けてんだよ」

やられたのは俺だし、そもそも俺はとめたのにそれでもやったのは会長だろうか。あ、なんかいい具合に腹が立ってきた。



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