青春パラドックス 22



「・・・・・・」
「・・・・・・」
「まあいいや」

納得いかないけど、どうせいくら待ったって返事ないんだろうし。
返事をする価値も無いぐらい、俺のことが嫌いなんだろう。・・・いや、それも今さらだな。今さらだね。

「あ、ここに来たのは他でもないんですが」

俺はここに来た最初の目的を思い出して、姿勢を正座に改めて会長と向かい合った。

「その、少年隊のこと、」

ありがとうございました。

ぺこりとお辞儀した。

「・・・・・・いや」
「馬場少年とはどう話をつけたんですか?」
「その目」
「?」
「麦粒腫じゃなかったんだな」
「・・・ば、・・・?」
「物貰いのことだ」

何言ってんのかさっぱり聞き取れなかったけど、どうやらものもらいのことを言いたいらしい。始めからそう言えよ、分かりづらい。 しょうりゅうけん!みたいな、なんかの決め技の名前と勘違いするじゃねーか。目潰しでもされるのかと思った。
・・・つーか今、俺自然に無視されませんでしたか?
そういや、会長には話を飛躍するくせがあるんでしたっけ。

「・・・その後、馬場少年とはいかがです?」

俺も会長に便乗して無視してみた。
恭平さんに唆されたとは言え、俺を失明の危機にまで追いやったんだから、馬場少年が俺のとこまで謝りに来たって罰は当たらないはずだ。というか来ない方が罰が当たるぞ。
あと何発か殴っておきたいし。あ、歯も大丈夫だったかな・・・。

「そいつなら学校をやめた」
「・・・・・・え?!」

やめた?!

「ちょ、どういうことですか!」
「事件起こしたんだから当然だろ」
「え、え、えぇ?!」
「なんでそんな驚く」
「だ、って」

理事長も恭平さんも、そんなことぜんぜん言ってなかった。

馬場少年が学校を、やめた。
俺はあのとき、馬場少年を会長に預けたんだから、この事件は公になってないはずなのに。
馬場少年は自分の意思で退学したってこと?それとも、圧力?

どっちにしろ、俺のせいだ。
・・・何やってんだ、俺。

「なんでお前が責任感じてんだよ」
「・・・・・・」

恭平さんだって、俺がよけられると思って馬場少年に加担したんだから、どう考えてもこれは俺の落ち度で。

・・・ん?なんで会長、今俺が責任感じてるっつーか、へこんでるって分かったんだろ。テレパス?

「・・・・・・泣くな」

・・・どうやら俺は泣いていたらしい。頬をぬぐうと確かに濡れている感触があった。

「なに泣かしてんのかな?」
「?!」
「げ、恭平さん」
「はい、ハンカチ」
「さすが王子様・・・」

ハンカチ持ち歩いてるんですね・・・。
タイミングもばっちりだったし。いや、それは逆にうさんくさいな。また覗き見か?

「申し訳ないですけど、結構です」
「人の好意を無下にするつもりかい?」
「ハンカチで涙ふくんなんて女々しい」
「それ以前に泣くこと自体が女々しいんじゃないの?」
「・・・・・・むかつく」
「別に泣くことが悪いって言ってるんじゃないよ」
「う、わっ!」

恭平さんの手が肩に伸びてきてバランスを崩した俺は、なぜか恭平さんの腕の中に抱き込まれていた。
ついでにこどもをあやすみたいに、背中をぽんぽん叩かれて。

「泣くんだったら俺の胸の中で泣きなよ」
「くさい!」
「ふふ、キーリィは照れ屋さんだなあ」
「照れ屋でも照り焼きでもなんでもないですから」
「まあまあ」
「んんんんー?!」

・・・本気で、この人の行動は理解に苦しむ。

「ふ、ぅン・・・っ」

なんで人前でこんな舌入れてくるようなキスをするんでしょうね。いや、人前じゃなくても全面拒否ですけど。
でも強く抱き込まれて身動きはとれないし、いつのまにか顎に手がかかっているわで、俺はただ目をつぶって拒絶の意を表すことしかできなかった。
ほんと会長が狸寝入りしてることを祈る。あ、狸じゃ意味ないのか。爆睡してろ。

「見苦しい」
「ぶっ!」



* * *



「ゲホッ、ゲホッ!」

拍子に口の中に溜まってた唾液が気管に入って、おもいっきりむせた。うえ、苦しい。

しかも後頭部を襲った衝撃の原因は、どうやら会長の足だったみたいだ。上履きの裏で頭を蹴ってくるなんてどんな神経してんだ、こら。
おかげで恭平さんの腕の中からは逃れられたけど、でも、足・・・。

「ハ・・・ッ」

文句のひとつぐらい言いたかったが、咳がとまらなくて言葉にできなかった。
恨めしげに恭平さんを睨むと、「もっとしてほしかったの?」とか意味わかんないことを抜かしてきたから頭を殴ってやった。意外なことに恭平さんは避けなくて(避けようと思えば避けられるものなのに)、俺の拳は恭平さんの頭にきれいに直撃した。・・・当たったら当たったで、なんかむかつくな・・・。

「、ところで恭平さんはなんでここに来たんですか?」
「理事長がキーリィのこと探してたから、呼びに来たんだよ」
「・・・あ、」

そういや今日は病院に行く日だった・・・気がする。思い出した。
俺はうーんと背伸びして、緩慢な動きでのったり立ち上がった。

「じゃ、そろそろおいとまさせていただきますね」
「俺が先に下りて、キーリィのこと抱きとめてあげようか?」
「いやいや一人下りれますから結構です」

そんなロミジュリごっこは一人でやってください。あんたのロミオは似合っても、俺のジュリエットにはだいぶ無理がありますから。あ、でも一人でロミジュリごっことかどうやるんだ・・・?ま、いっか。

「それじゃ会長、ごゆっくりどうぞー」
「姫原、邪魔して悪かったね」
「・・・別に会長の邪魔はしてないじゃないですか」

俺には迷惑かけたけどな。会長に意味わかんないことで謝るんだったら、まず俺に謝れ。
しかしその意味不明な恭平さんの発言はどうやら会長には伝わったらしく、いつもの仏頂面が更に3割増しで険しくなっていた。・・・余計意味がわからない。
この2人は、俺には未知の生物なんだなあとしみじみ思った。



「・・・どこまでついてくるんですか?」
「俺も職員室に用があるんだよ」

無事、自力ではしごから着地(そのとき先に下りてた恭平さんは両手を広げて、満面の笑みで俺を待ち構えていた。本気で気持ち悪かった。必死に足で追い払った)した俺の後ろを、理事長室に向かう途中、なぜか恭平さんが始終ついてきた。姿が見えないと、必要以上に警戒してしまう。

「せめて横に並んでくれません?」
「キーリィは俺と並んで歩きたいんだ」
「後ろを歩かれると落ち着かないんです」

吐き捨てるようにそう言うと、恭平さんはお得意の貴公子スマイルで俺の横に並んできた。

「ピリピリしてるね」
「誰のせいでしょうねー」
「さあ?」

くすくす笑ってる恭平さんを本気で張り倒したくなったが、今はそのときじゃない。

「キーリィ、なんでも鵜呑みにしちゃいけないよ?」
「・・・どういうことですか?」
「その正直さがキーリィのいいところだとは思うけど」
「何が言いたいんです?」
「それじゃあ、ひとつだけ」

俺の質問に答える気なんてまったくないらしい恭平さんはそう言うと、人差し指を立てて、しかもそれを口元にやって今にもウィンクまでしそうな気持ち悪いポーズをとった。

「姫原のこと」
「・・・会長?」

・・・会長のことかよ。
もったいぶった言い方をするから、恭平さんの仕組んだ少年隊やら馬場少年の話かと思ってたのに。
肩透かしをくらった気分だ。

「姫原はキーリィと違って正直者じゃないからね」
「・・・やっぱり何を言いたいのか、さっぱりなんですけど」
「キーリィは本当におバカさんだ」
「お前の言い方が悪いだけだ!」
「お前じゃなくて、」
「はいはいロミオでしたっけね」

俺はそんな感じで恭平さんを軽くあしらって、職員室前で別れた。
ちなみに別れ際に「キーリィはバカというか鈍いね」とか失礼なことを言われた。

そんな回りくどい言い方されても、俺に分かるわけがない。うん、現文のテスト最下位だったし。
とりあえず考えてみようかとも思ったけど、会長が正直者じゃないからって何が分かるわけでもなかった。うーん、謎だ・・・。



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